笑みを絶やさぬ名バイプレイヤー「火付けの柳」「氷のミハイル」

忙しいが待ち時間ももったいないので、軽く書ける文章のみを書く。
新谷かおるの新刊Raise 1 (ヤングキングコミックス)を買ってしまった。第二次世界大戦中、ヨーロッパで活躍するアメリカ人のB17爆撃機乗りを描いたコミックだ。
買ってしまった一番の理由は、「RAISE」に登場する英国情報部バーンズ少佐が「火付けの柳」だったからだ。
手塚治虫がコミックを描く上で「スターシステム」というのを使っていたのは有名だ。アセチレン・ランプやヒゲ親父など、以前登場したキャラクターを、性格俳優のように使い回して別作品に登場させる手法だ。愛読者には一目でキャラクターの基本性格が分かるメリットがあり、新規デザインを起こさなくても良いという意味で作家の負担も少ない。もっとも多作の作家・短編の名手でないと「スターシステム」自身の意味がないのは言うまでもない。
「火付けの柳」が登場したのは、キャプテン連載の「エラン」が最初で、その時は巨大商社・座王で汚れ役を一手に引き受けている商社マンとして登場する。座王に15年いたと描いてあるから、年齢としては37歳。今年のオイラと同い年だ。次は「ジェントル萬」で、F1チームの監督として登場。で、今回はイギリス情報部員となって登場を果たす。
このキャラクターは、常に主人公にとって敵とも味方とも言えぬグレーの立場で現れる。髪をキチンと七三分けにセットし、眼鏡の奥の目が笑っているキャラクター。どうにもつかみ所のない遊び人風に見えながら、いつも事態の勘どころというのを明確につかんでいる切れ者だ。
「火付け」の異名の通り、常に国や組織を放火してボロボロにするようなネタを懐に入れている。
非情な決断をするに迷いはないが、明確な自己規範と美学を持った職業人として描かれている。基本的に子供や新兵には優しく、汚れ役をやることも厭わぬものの、組織に属しながらも心までは隷従していない。「火付けの柳」の部下的なキャラクターもたびたび登場するが、その部下を好かれつつもキチンと教育・統率している様がよく描かれる(まぁ新谷マンガは蘊蓄が多いが、それを「火付けの柳」が語るのがまた役柄にはまっている。説得力が増すから不思議だ)
このキャラクターには原型があって、それが「機動警察パトレイバー」の悪役・シャフトの内海課長と言われている。ゆうきまさみは「エリア88」時代の新谷かおるのアシスタントなので、ある意味で師弟関係にある。その弟子が描いたキャラクターを新谷が気に入って、自己流にリファインしたのが「火付けの柳」らしい。実際、キャラクターデザインからしてそっくりである。
でも個人的には、内海課長は「巨大企業の中間管理職として主人公に絡んでくる」というニュータイプの悪役としては画期的だったものの、個人的には好きではなかった。事態を混乱させて楽しんでいるという風がいかにも子供っぽく、あ〜こいつ、事態がどう転んだにしても会社を放逐されるなぁとか、こいつには良い男の上司がいなかったんだろうなぁというのが見て取れて辛かった。あと持っている余裕が凄く薄っぺらい感じがするのが、ちょっと……苦手でもあった。一見、子供好きに見えるけれど、実は子供を利用しているだけで、単に自分が子供っぽいから子供と遊ぶのが得意だという点で自分的には受け付けない。黒崎にヨゴレ仕事的な工作員をさせつつも、どうにも報いていなさそうな感じもイヤだった。
それに対して「火付けの柳」の方は、万事に対して余裕があった。おそらくキャラクター設定的にも5年〜7年ほど、内海よりも年齢が高く、韜晦していても情熱を持っているような複雑さが、キャラクターの肉付けとして良くできている。「内海課長は面白いけれど、俺ならこう描くよ」というのはやはり年の功か。


同じように好きな「いつも笑っている」キャラクターをもう一人。こちらは内海=柳的なキャラクター的な関連性がない。それはパタリロに登場する「氷のミハイル」だ。ソ連(あれ? ロシアだっけ)の諜報部員の中でもエリートとして登場する、これまたいつも笑っているキャラクターだ。
パタリロでソ連側として登場するわけだから、当然、悪役で負け役なわけなのだが、「火付けの柳」と同じで一筋縄ではいかない。パタリロには絶対的に負けないキャラクターとしてMI6のバンコランがいるため、大袈裟な設定を持っているスパイの敵役はことごとくバンコランにやられるわけだが、「氷のミハイル」だけは、勝負をなんとか痛み分けに持っていって最低限の利を取っている。
これまた「氷の」異名の通り、体温をマイナス32度まで下げることの出来る特殊能力者。ロシアの寒さにビクともしないという不敵なキャラクターとして設定されている。
同様なことをパタリロ中でやってのけるキャラは、ラーケン伯爵(厳密に言うと弟だっけ? 兄は殺された)ぐらいしかいないのだから、敵役としてはパタリロ登場キャラの中では異色中の異色だ。
自分の立ち位置と能力、そして事態の勘どころと引き際、最後の切り札を明確につかんでいるともに、これまた明確なルールと美学を持っているキャラクターだ。……でいつもニコニコ笑っている。決してロシア情報部に盲従しているわけはなく、常に利に聡い。

基本的には悪役なのだが、いつもニコニコしている表情と職業人としての常識性、悪に徹しきれないウェットな性格が、憎みきれない独特のキャラクターとして成立させている。基本的には人好きするおじさんキャラだ【と書いて、そのオジサンと同年齢となった自分に気が付く、ひえ〜】

こ〜ゆ〜キャラクターを書く、あるいはこういうキャラクターとして生きるのは本当に楽しいだろうなと思う。

まぁ生きるのは苦労するか。こういうキャラクターになった誰にも言えない過去をポッケに入れて歩いていくのは楽しそうだけれど。