新機軸の警察小説の佳作「さよなら、ジンジャー・エンジェル」「プロメテウス・トラップ」

世は警察小説のブームである。この間、警察小説を編集している編集者の人とお話したのであるが、現在の警察小説の番付を言うと
「東西両横綱が、佐々木譲と今野敏。大関が堂場瞬一かな?」
とのことであった。
まぁこれはちょっと今現在により過ぎている気がするから、横山秀夫辺りからの流れを入れなければならないだろうし、誉田哲也深見真、結城充孝や、その先行傍流として深町秋生や田中芳樹あたりも視野に入れた方がいいだろう。
そんな中で、二つのちょっと新味ある警察小説が出てきたのでちょっと取り上げる。
その前にものすごく大雑把に警察小説の流れを書いてみよう。実は多くの人は気づいていないけれども、警察小説というジャンルは、一般小説家とラノベ系作家が入り乱れている、ちょっと注目に値する面白ジャンル小説の領域になっているからだ。
まずは警察小説の二つの流れを書いてみよう。
◆組織人が敗北から立ち上がる〈サラリーマン系警察小説〉
◆ボンクラ映画、ライトノベルからの女性主人公の〈ボンクラ系警察小説〉
という感じだろうか。
まず前者の〈サラリーマン系警察小説〉というのは、主要読者が30代以上の働いている男性が多い。〈サラリーマン系〉ってなんだよと言われるかもしれないが、小説で例えるならば山崎豊子の「沈まぬ太陽」「白い巨塔」的なもの、漫画で言えば「サラリーマン金太郎」等のインサイターの著者が大好きなものと考えればいいだろう。
新春特別企画 みんな漫画を読んで大人になった ――【学園漫画&サラリーマン漫画座談会】 -- 2009/12/31 -- ぶっくぎるど座談会 -- 総合図書大目録
横山秀夫の「陰の季節」の役割もめちゃくちゃ大きいけれど、やはり警察小説がここまで広がった伏流になったのは、「踊る大捜査線」シリーズの影響を抜きには考えられないだろう。
サラリーマン小説というのは、「会社は間違っているが、俺は正しく生きていく」というテーマが物語の底流に流れている。そして「会社組織の中で、致命的な失敗をした主人公」「一匹狼的な外部の者」であるキャラクターが、最後に組織の膿を洗い出し、勝利するというのが一つの大きなパターンだ。
踊る大捜査線」では、公務員組織であった「警察」を、一つの会社として読み替え、ヒラとエリートの対峙と共闘を主人公・青島と室井慎次で描くのが抜群に新しくて面白かった。だから男性サラリーマンにも受けたヒットドラマともなった訳だ。
個人的な体験だが、「踊る大捜査線」というのは本当に全年齢的に見ていた感じが強い。普段は趣味が全く異なる父母妹と自分が、ビデオを観まくったのはコレだけだった。
それゆえにサラリーマン小説系の警察小説のパターンは、「人生や職務で一度敗北した主人公が、そこから立ち上がって勝利を掴む」という形態が多い。
一方、後者の〈ボンクラ系警察小説〉というのは、実際の組織をベースにしてというよりも、海外の警察小説やドラマ、「ドーベルマン刑事」等のコミック、「西武警察」「あぶない刑事」などをベースにしているような雰囲気がある。
実体験に基づくような「誤った組織との軋轢」を描くことは少なくて、「治安の崩壊した近未来の日本で戦う特殊捜査官」になったり、「男社会の警察組織の中で、男性には捕らえきれないサイコ殺人犯やオカルティックな敵を、独身の女性捜査官が追いもとめる」という話になる場合が多い。
基本的に両者とも、主人公が能力ありながらで疎んじられているところから物語がスタートするのだけれども、前者においてはその理由が、「主人公が致命的な失敗をしたから」というのに起因するのに対して、後者では「主人公が女性だから」「主人公がアンダーグラウンドの銃マニアだから」あたりに起因するのが面白い。
このあたりは入り乱れていながらも、両者の境界線というのは割とくっきり分かれているのも興味深い。
これは作家の年齢や実体験にも大きく影響を受けているのだろう。
両者ともにもうちょっとスラップスティックなのがあっても良いような気もするのだけれども、物語のスタートがどうしてもそういうところなもので、あまりテレビドラマのようなコメディタッチのモノは少なくなるのかも知れない。
ただ作家の遊び的な要素というのを警察小説に見つけるのはスゴク面白くて、その意味では、今野敏の「東京湾臨海署安積班」シリーズの最新作「夕暴雨」には、同じお台場に警察署を持っているという設定で、機動警察パトレイバーのキャラクターが登場していたりする。
このあたりの面白い裏話などは、速水健朗さんがこちらで今野敏押井守の両氏にインタビューしている。面白い裏話が結構書いてあるので、ぜひこっちのサイトも見ておくと良いだろう。
今月のインタビュー|株式会社 角川春樹事務所 PR誌ランティエ
まぁあくまでお遊び的なコラボであって中身は本格警察小説なのだけれども、コミケ爆破予告に関する事件でもあってどんな感じで98式AVが登場するかはぜひご覧になって欲しい。まぁ今野敏さんはオタクだからなぁ……。

夕暴雨―東京湾臨海署安積班

夕暴雨―東京湾臨海署安積班


でいよいよ表題の新機軸の警察小説の紹介に移ろう(結構、ネタバレが厳しいので書きにくい(笑))
新城カズマ「さよなら、ジンジャー・エンジェル」
まずは15×24の刊行でtwitter上なので話題を呼んだ新城カズマの最新作「さよなら、ジンジャー・エンジェル」から。警察小説のブームにのっているのかどうか分からないが、主人公が死んだ警察官というところがまずは目を引く。なんらかの事件のために死んでしまったらしい元警察官の主人公・泊司郎が、中央線沿線にある書店の新人女性アルバイトが、巻き込まれそうなストーカー事件を未然に防ぐために奔走するストーリーだ。
ライトノベル作家・SF作家という出自もあって、あまり大人の主人公を描くことが少なかった筆者だが、今回はほぼ初めてに近い形で警察官という大人を描いているところが結構、新味があって、長年のファンとしても興味深い。
主人公が幽霊という意味で、前述した区分では、後者に分類されそうなんだけれども(結構、超常的な事件であるし)、でも「主人公が致命的な失敗を犯した故に死んでしまっている」というストーリーの発端は、明らかに前者の〈サラリーマン系警察小説〉なんだよね。
もっとも、主人公は結構、斜に構えた性格である上に、おまけにかなり制限の強い地縛霊――なぜか警察官時代の勤務範囲を超えて動けない――であるため、普通思うような警察小説を連想すると痛い目にあうのだけれども。
◆福田和代「プロメテウス・トラップ」
もう一つ、気鋭の作家として色々と注目されている福田和代の新作も一捻りしてある警察小説「プロメテウス・トラップ (ハヤカワ・ミステリワールド)」だ。
MITに留学中、その抜群のハッキング技術から「プロメテウス」という異名を持ちつつも、ハッキングの罪によって、いまは平凡なプログラマーとして暮らす能條良明が、あるアンダーグラウンドな仕事に関わったことで、アメリカを脅かすコンピューターを駆使したテロ犯との闘いに巻き込まれて行くというストーリーだ。
著者の福田和代は、女性であるけれども、元システムエンジニアであり、コンピュータに関する知識はかなりしっかりしている。東京創元社の「TOKYO BLACKOUT」も詳細な取材によるリアリティが評判を呼んだという経緯もあり、とかく魔法使い的に描かれがちなハッカーというものを、かなり現実味を持って描いているのが好感を持てる。
俺も「ブラッディ・マンデイ」のドラマを、藤井美奈目当てでみてコけたくちなんで(笑)、こちらは非常に安心して読めた。
主人公が天才ハッカーというのを知識の無いままにそのまま書くと、それは本当に「ブラッディ・マンデイ」になっちゃうんだけれど、それを「リアリティを持って描き」かつ「主人公はその能力故に若いときに取り返しの付かない過ちをした」というドラマを盛り込むことで、すごく読み応えのある小説になっている。
とりわけ最初のストーリーであるパスポート偽造と、国際テロ犯人をおびき出すためのスーパーコンピュータ同士でのチェス対決は本当に手に汗を握る展開で読者を飽きさせない。
そろそろ警察小説も飽和状態に達しつつあるのだけれども、その中でも注目に値する二作品である。
さよなら、ジンジャー・エンジェル

さよなら、ジンジャー・エンジェル


プロメテウス・トラップ (ハヤカワ・ミステリワールド)

プロメテウス・トラップ (ハヤカワ・ミステリワールド)


【追記】
新城カズマ『さよなら、ジンジャー・エンジェル)双葉社 刊行記念
紙の本と物語の未来

というイベントが開かれるようなので宣伝まで。

愛される次男としての「龍馬伝」と、「サマーウォーズ」の解毒

最初は岩崎弥太郎ルサンチマン演出が、あまりにクド過ぎて見ているのが辛かった龍馬伝がだんだん面白くなってきた。

龍馬に関わる歴史上の偉人の脇役陣が増えてきたことで、目指そうとする方向性が見えてきた感じ。

とりわけ前回の吉田松陰生瀬勝久)と吉田東洋田中泯)、今回の坂本八平児玉清)と河田小龍リリー・フランキー)の描き方が興味深かった。

もともと時代劇初挑戦の福山雅治には、龍馬役は荷が重いだろうとのことで、香川照之岩崎弥太郎や、大森南朋武市半平太で脇役を固めている印象があった。

ただ香川照之ルサンチマンが前面に出すぎているのに対して、福山龍馬があまりに屈託がなさ過ぎて、なんだこりゃと思っていたのだけれども、前回の「松陰先生!ワシも黒船に乗りたいです!」とか、今回の死の近い父親と家族たちに「黒船に家族を乗せて世界を回りたい!」と語って涙を呼ぶシーンとか見て、むしろ積極的に屈託のない若者−−将来、大器晩成かどうかすら分からない一人の青年−−として描いているんだと考え方が変わってきた。

癇癖の吉田松陰や、変人・河田小龍は、そういう屈託のない龍馬に接して、好感を覚えながらも影響を与えていく様が描かれている。そして大家族の次男坊として、一身に愛情を与えられていたナイーブな好青年が龍馬でもあることが、今回、描かれている。

特に病で倒れた龍馬の父・八平に対して、河田小龍が龍馬の良さを語るシーンに端的に現れていた。次男としてここまで家族に愛されているキャラクターというのは近年どんなドラマでも中々無く、「屈託のない愛されキャラ」として、福山の性格とも相まって女性に人気なのも分かる。

そう考えてみたら第二回にあった違和感のあるシーンもちょっと分かってきた。はじめて藩からの堤の普請の監督役を龍馬がこなす時、雨の中で一人、土嚢を積んでいたら、最初は距離のあった農民たちもいつしか協力してくれたというシーンだ。俺はあまりに農民たちの翻心が唐突すぎて「演出的にどうなんだこれは」とか思ったりした。でも近時はそういうキャラクター演出がかなり見えてきて、「ああ、龍馬ってそこにいるだけで人を魅了してしまう……でも今はまだ無力の青年なのだな」と分かってきた感じ。

龍馬がそういう「愛されキャラ」である一方で、有能な吉田東洋と接しながらも意図くみ取れなかった固陋な武市半平太とか、知性に秀でながらもコミュニケーション力が低すぎて常に失敗ばかりしている岩崎弥太郎との対比が、あまりにも哀れであり、涙を誘う。

今回、福山龍馬と、佐藤健演じる岡田以蔵の絡みも面白かった。より詳細には次回描かれるらしいが、岡田以蔵が「考えることをすべて武市半平太に預けて自分で考えることを放棄してしまったキャラ」として描かれるであろう一部がちょっと透けて見えた。

これで坂本龍馬岩崎弥太郎武市半平太岡田以蔵と土佐の四人組の成長をいかに描いていくかというのが、ほぼ見えてきた。

坂本龍馬=屈託のなく、家族にも師匠にも女性にも愛される、純朴な青年。
岩崎弥太郎=知性・能力に秀でるが、コミュ力が低く、ルサンチマンを抱く青年。
武市半平太=知性・人望はあるが、固陋故に時代の変遷がみえない青年。
岡田以蔵=能力に秀でるものの、自分で考えることを放棄している青年。

近年の大河ドラマは、男女の主人公の生き方のモデルケースみたいなのを描いてきた訳なんだけれども、その女性主人公の生き方を下記のブログが非常に上手くまとめている。

妄想大河ドラマ ... 近年大河で流行の主人公タイプ

近年大河で流行の主人公タイプ

以下は2000年以降の大河主人公と、ひと言で表した私の印象である。
『葵徳川三代』 ゴッドファーザー→恐妻家→坊ちゃん
北条時宗 内裏雛
利家とまつ』 万能奥様
『武蔵』 不明
新選組! 香取慎吾
『義経』 物憂げ王子
功名が辻 万能奥様
『風林火山』 腹黒おじさん
篤姫 万能姫
『天なんとか』 ヘタレ

異論はあろうかと思うけれども、私のブログなので自己中心的に記してみた。一目して解るように、

万能女性

と いう主人公設定がこの十年の主流路線であることがはっきりしている。おそらく、来年の『江』もそうなのだろう(以下略)。

万能女性か……。なんか非常に昨今のライトノベルの主人公っぽいな(笑)。

こんな感じで考えていくと、龍馬伝「屈託のない愛されキャラの次男坊がどう成長していくのか」。そして日本の歴史を変革していったかというようなドラマになるのだろう。ただあまりに「愛されキャラ」として描かれることに、個人的にはちょっとした危惧もあるな。まぁそう言うのを危惧として感じてしまうのもおかしなことなんだけど。

例えば細田守監督の「サマーウォーズ」が『あんな名家の大家族なんて普通は親戚にいない』『引っ込み思案だけど数学の天才じゃないか』的な嫉妬の対象となったように、『愛されキャラの福山だし』とか『あんな家族に恵まれている主人公は』とかね。まぁその気持ちは多少分からんでもない。ただそれに巻き込まれるとフォースのダークサイドに落ちるからまったく支持しないけど(笑)。

ただそう考えていくと、そういう「サマーウォーズ」で、そういう風に起きてしまった英雄的な主人公へのルサンチマン反応を解毒するキャラクターとして、物語の最初に登場し龍馬への愛憎入り交じった感想を新聞記者に吐露した岩崎弥太郎香川照之がいるんだろうな。

土佐四人組の中で唯一生き残って、資本家として成功した岩崎弥太郎にとって、坂本龍馬は何だったのか。

ようやくココまで見てきて、そういう捉え方が出来るようになってきたので、岩崎弥太郎のあまりにクド過ぎるルサンチマン演出も、結構、容認できるようになってきたのである。

5年ぶりぐらいに買った新紀元社の本が便利なのと戦前外地の鉄道地図

幻想ネーミング辞典

幻想ネーミング辞典


俺の方でタイトル決めをしなければならぬ案件になるやもしれぬのが二つ三つ出てきたなぁと本屋を廻っていたら便利そうなのが見つかったので買ってしまった。
ジャンルや項目ごとに分かれているので便利。また索引も比較的使いやすい。
その書架の近くに平積みになっていた地図帳にふと目が止まる。
日本の植民地時代の外地の鉄道地図帳!
これは便利だ。満州とかの地図などは割と目にするけれども、鉄道路線図を網羅しているってのはあまり記憶にないし、とにかく綺麗で見やすいので購入。
日本鉄道旅行地図帳 満洲樺太 (新潮「旅」ムック)

日本鉄道旅行地図帳 満洲樺太 (新潮「旅」ムック)


日本鉄道旅行地図帳 朝鮮台湾 (新潮「旅」ムック)

日本鉄道旅行地図帳 朝鮮台湾 (新潮「旅」ムック)


時刻表はさすがに買わなかったけれども、こちらもパラパラ見て面白そうだった。
満州ネタの時は買っておいた方がいいだろうなぁ。
満洲朝鮮復刻時刻表

満洲朝鮮復刻時刻表

新書を少し

幕末単身赴任 下級武士の食日記 (生活人新書)

幕末単身赴任 下級武士の食日記 (生活人新書)


とらや文庫で江戸の食生活を研究している青木直己氏の本。
紀州和歌山藩の勤番侍が江戸へ単身赴任してきた時の食生活日記を記す。
イワシや豆腐で節約したり、同僚につまみ食いされて怒ったり、王子の料亭でハメ外したりなどの日常描写が楽しい。
生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)

生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)


温故知新。色んな意味で最近この言葉に師事しているなぁ。
その意味で伊藤聡さんのこの本も最良のテキストの一つ。
Kさんからもらっちゃたので宣伝も兼ねて取り上げておきます。

面白かった漫画

百姓貴族 (1) (ウィングス・コミックス)

百姓貴族 (1) (ウィングス・コミックス)


シブすぎ技術に男泣き!

シブすぎ技術に男泣き!

gossipgirlの備忘録

たぶんドラマシナリオの出来としてはNANAを超えていて、見方さえ注意すれば少年物としてもみられるんだよね。
そのあたりが、「トワイライト」とかとは違うところ。
やっぱり全話解説した方が良いのかなぁ……。

  1. 元ビッチなヒロイン、セリーナが如何にキャンディ・キャンディと成り得るか?
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