「トホホで落とそう」恋愛敏感症歌人・穂村弘のエッセイは、ガガガ文庫よりも非モテ男性の希望だなぁーって件

自意識過剰な非モテ文科系男子が読める面白い本を探すのに常に余念のない私(笑)であるが、先週、「よっしゃー、ガガガ・ルルル文庫を全冊買ったから、これの最速レビューを書こう!」と思っていたのであるが挫折した。
いや田中ロミオは想像していたよりも面白かったですよ。ホーカーシリーズのような趣きがあった。ただ主人公自身の設定があまり生かされていない点とか序盤のあまりのもたつきがもったいないなとは思った。ま、このあたりはどちらかというと編集の指摘でどうとでも治るので瑕疵としてはそれほど大きくない。
そんなことより、なんでガガガ文庫とかのレビューが出来なかったのかというと、それは非モテ歌人・穂村弘のエッセイを読んでしまったからである。
なんていうの……小学生の時に遠藤周作北杜夫のエッセイにハマって、中島らも原田宗典に中高校生の頃にハマったような衝撃が走ったね!
もうムチャクチャに面白くてすぐさま書店に出ている本を全冊注文して、読みまくってしまった。
ま、これは個人的な好みであるけれども、自意識過剰な中学生とかが考えてしまう妄想を最終的にどう処理するのが一番建設的かということについて、
トホホに落とす
というのが一番好きだ。そんなワケで画像も「トホホな川村ゆきえ」を選んでみました。
いや色んな処理の仕方はありますよ、「悪口雑言の限りを尽くして世の中を憎んで」みたりとか、「目もくらむような孤高の領域に旅立って」みたりととかね(どっちかっていうと、二次元とかって「目も当てられない孤高」って感じがするけれども)。
ただ、そうするとなんていうか、1、2年はやってけるけど
3年経つと辛くなるんだよね
給料が3年間あがらない新興ベンチャー企業で、退職者がボロボロでるみたいに。
そこはむしろ
トホホに落とす
ほうが、結果的な精神衛生的にもいいし、あまり自虐的にもならずに立ち直りの切っ掛けを与えてくれそうな感じがする。
そんな感覚を乙木に最初に教えてくれたのが遠藤周作こと狐狸庵先生で、なんというか上手い具合に「とほほ」という一言でこの感覚を表現することを教えてくれたのが、「ログイン文化圏」「週刊少年サンデー文化圏」だったりするワケだが(笑)。
ここしばらくこういう「トホホをキチンと書ける男性作家」がいなかったよね。
みんな憎しみと憎悪に走っちゃう。ま、そういうのが95年からの世紀末気分だったんだろうけれど。今、あたらしい新世紀のトホホが必要とされていると乙木は思っている(笑)。
さて、枕が長すぎたが、そういう「トホホな自意識過剰おとこのこ」の最先端を行っているのに間違いネーと先週確信してしまったのが、歌人・穂村弘だ。
穂村弘 - Wikipedia
入門としては、最新エッセイ「もしもし、運命の人ですか。」が最適なので、これをお薦めする。


穂村さんは、44歳なのにあまりに恋愛に臆病で……っていうか、むしろ臆病どころか恋愛過敏症なのである。
女の子と目を合わせただけで緊張してしまい、無礼講の飲み会に参加しただけでどう振る舞って良いか判らずに緊張してしまい、ワイルドで男っぽい友人の振るまいを見ただけで、自分には男性性が足りないのではないかと思い落ち込んでしまうのである。
そんなため、コンビニによる女の子と買い出しにいくだけで心中大騒ぎになってしまうのである。

◆コンビニ買い出し愛
ある夜のこと。友達の家に何人かで集まって遊んでいるとき、コンビニエンスストアに食料の買い出しをにゆくことになった。
「僕、行こうか」と私が名乗りをあげると、「じゃあ、あたしも行く」とSさんが云った。
どきっとする。
今、Sさんは「じゃあ、あたしも行く」って云わなかった?
「じゃあ」ってなんだ。
「買い出し係がもうひとりくらい要るでしょう。それなら」という意味の「じゃあ」だろうか。その場合、「じゃあ、あたしも行く」=「買い出し係がもうひとりくらいいるでしょう。それならあたしも行く」である。
この「じゃあ」はスルーしていい。私にとって特別な情報ではない。
でも、と思う。今の「じゃあ」にはもうちょっと、なんか、こう、微妙なニュアンスがなかったろうか。いや、確かにあった。
もしや、あれは「ほむらさんが行くなら」という意味の「じゃあ」ではなかったか。その場合「じゃあ、あたしも行く」=「ほむらさんが行くなら、あたしも行く」ってことになる。
「ほむらさんが行くなら、あたしも行く」
それは「ほむらさんが好きってことではないか。
大変だ。
告白だ。
私の未来に大きく影響する情報だ。
〈今〉を起点として無数に枝分かれする未来ルートの何本かが、きゅんきゅんきゅーんと点灯するのが見える。それぞれの行く先は、天国か地獄か。愛か慰謝料か。指輪か包丁か。
一瞬のうちに、そこまでの考えが閃く。しかし顔には出さない。無表情のまま脳だけが高速回転したのである。
(後略)

もう脳内、大騒ぎである。
ちなみに穂村弘さんは、美少女ゲームはおそらくやっていないだろうけれども、漫画が大好きで、一番よく行く書店は上野のまんがの森であることを公言している強度の漫画・アニメマニアでもある。
このエッセイはやがて驚愕の結末を迎えるのであるが、それまたいかにもありがちで一言で言うなら、
トホホ感満載
である。
にもかかわらず、穂村さんは恋愛のキラキラ感が忘れられないので、ついつい恋しちゃうのであるし、恋愛のいちゃいちゃ界に憧れちゃうんである。

◆いちゃいちゃ界
(前略)
「ほむらさん、密室では赤ちゃん言葉になるんですって」
「え」
どこからそんな情報が、それに微妙にニュアンスが変わっているような……、と思いながら、再び訊いてみる。
「それって、やっぱりまずいですか」
「いや、普通ですよ」
そう云われてほっとする。
「普通ですか」
「ええ、男性は結構多いですよ」
「そうですか」
「ええ、赤ちゃん言葉とか動物言葉とか、みんなやりますよ」
動物言葉?
それは知らないんだけど……。
「え、やりませんか。ネコとかネズミとかウサギとか」
「で、でも、動物は喋らないですよね。ネコはニャーとか云うけど、ウサギは鳴きもしないでしょう?」
「あ、ウサギのときは、お腹が減ったぴょん、とか云うんですよ」
ほう、と思う。そう来たか。
「普段強面で男性的な人ほど、ふたりの世界では案外そうなりますよ」と彼女はなおも強調した。
そうなのか。では、ハンフリー・ボガードなんかもローレン・バコールの前では、ぴょんぴょん云っていたのだろうか。君の瞳に乾杯だぴょんとか。どうなんだボギー。

そうして延々と自分はいったいどうやって恋人に甘えればいいのかが判らなくなってしまって、いちゃいちゃ界におけるファンタジスタになるべく思考を巡らせてしまうのである。
むぅ……なんて良いトホホ。
しまいに相手の幼児化のいちゃいちゃを仕掛けられた時には、恋人の過去の相手に想いを馳せてしまい、なんの益があるんだかサッパリ判らないが、「さかのぼり嫉妬」をすることまで妄想してしまうんである。

なにが、「ぴょん」だ。
前の彼氏にも、それやってたんだろう。
おんなじことやりやがって。
俺は、ウサギなんて絶対、認めないぞ。
ネコもネズミも駄目だ。
本当に俺のことが好きなら、新しい動物で来い。
今まで誰にもみせたことのない俺だけのための動物。
初めての鳴き声。
初めての動き。
今すぐ。

お前は処女厨かっての(笑)。ま、こういう「さかのぼり嫉妬」ってのはいけないよって不毛な怒りに釘を刺しているのだけれども、こんな風に美少女ゲーマーの気持ちがわかりすぎるってのは44歳としてどうなんだろうと深く思う。
他にも
「運転できても決まった駐車場以外に止めることが出来ないため、女子に驚愕される穂村さん」
「課長になっていながら、内線電話を転送できないため、音を立てずに全力疾走で会社フロアを走って相手先まで伝言するため、部下から恐れられる穂村さん」
「新入社員時代、憧れの同期Nさんが『可愛いけどヨーダに似てるね』と云われて、引いてしまったことを、『あの時、俺は若かった。今ならそれでもいいじゃないかと自信を持って言える』と回顧する四十代の穂村さん」

など、文系男子の典型とも言えるトホホな穂村さんである。お腹一杯である。
帯文句もまた秀逸。

間違いない。
とうとう出会うことができた。
運命の人だ。

黙々と働く昼も、ひとりで菓子パンをかじる夜も、
考えるのは恋のこと。
あのときああ言っていたら……今度はこうしよう……
延々とシミュレートし続けた果てに、〈私の天使〉は現れるのか?

実は穂村弘のデビューは、1986年に連作「シンジケート」で角川短歌賞において次席をとった時である。この年の受賞者は俵万智。その翌年、俵はあの『サラダ記念日』で大ヒットを飛ばすのである。
高橋源一郎は初歌集「シンジケート」を評して、俵万智が三百万部売れたのなら、この歌集は三億冊売れてもおかしくないのに」と言ったらしいのである。
が、乙木が思うに
こういうヘタレ文系的男子な感性というのは、世紀末と美少女ゲームブームを越えた今になってこそようやく時代に受け入れられるようになってきたんじゃないか
と今になって読んでいる私は考えている。
まったく見出すのが遅いわで困ったものである。
しかしながら、男女を問わずありとあらゆる「トホホ」マニアが必読なエッセイである。
ご推奨。

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穂村さんの容貌はあまりに「のび太」に似すぎている。
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これまたタイトルが全てを表現。恋愛に敏感って大変だ……。
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別に引き籠もりというわけではないのに、このタイトルは????