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[読書]「思想地図β」「民宿雪国」「秘匿捜査」の3冊で伝わってくる現代日本の形

 この12月は色々と本を読みまくっていました。主としてこのミステリーがすごい関連の海外ミステリを読んでいたのですが、退院してから読んだこの3冊が、現在の日本を語るに突き抜けて優れていたので、触れないわけにはいかない。
では年末を「楽しく」過ごすのに必読の3冊レビューを!


◆ショッピングモール特集がスゴイ「思想地図βVol.1」

思想地図β vol.1

思想地図β vol.1


 最初の一冊は東浩紀責任編集の思想地図β vol.1を。私の仕事も絡んでいて、今一番注目しているショッピングモールの考察が非常に興味をひかれる。思想地図にてショッピングモールを扱うということは、速水健朗さんより伺っていたのだけれども、事前の予想をはるかに超える大特集に目を見張る。
「ショッピングモール」というアメリカに端を発する文化研究として興味深い以上に、僕の場合は「街の生成史」として読みといてしまう。というのは小説編集をしていると「街の生成」から始まる一つの文化圏創出自体が、ひとつのストーリーのネタ元になるからでもある。
 加えるなら精緻な街設計自体が、TRPGやらシミュレーションゲーム世代には興味対象の一つでもあるからなんだけど。
 ただ日本におけるショッピングモール自体は、例えば池袋(IWGP)、お台場(踊る大捜査線・安積班)、木更津(木更津キャッツアイ)、下妻(下妻物語)のようには物語の舞台としては大きく取り上げられてはいないような気がする。とはいえ、今この瞬間から5年以内ぐらいには物語に組み込まれるようになるのは間違いないだろう。
東京ディズニーランドの拡張の歴史や、裏原宿の発展史(これはPLANETS Vol.7でも扱われていて本当に面白かった)など、あちこちらら拾い集められる集中的なネタに溢れている点がとても楽しい。
 と同時に、先月連載開始した小説のネタが、まだこの特集には載っていないのを確認してるんだよねー。ふっふっふっ。
 先月から連載開始した、福田和代:著、小林系:イラストの新連載小説の舞台が、東京最後の巨大開発地区「豊洲」を舞台に女性刑事が活躍する警察小説なのだ。連載開始してわずか一ヶ月で大阪朝日新聞生活Gから取材依頼と、小林系ファンからの購読申し込みが来ている。さすがにこの反響の多さには僕もびっくりしています。
小林系さんにはこんな感じで扉をお描きいただきました。
f:id:otokinoki:20101224153144p:image

 そんな豊洲地区に投下されつつある都市計画を鑑みつつ、思想地図β vol.1を読むと、冬休みたっぷり楽しめそう。


◆裏日本の民宿へ繋がる日本の戦後史「民宿雪国」

民宿雪国

民宿雪国


 2冊目は、ショッピングモールや郊外都市とはまったく無縁な、新潟の山奥にひっそりと立つ「民宿雪国」を舞台に、昭和の裏面を描く樋口毅宏のデビュー三作目。
著者の樋口毅宏さらば雑司ヶ谷日本のセックスと、著者の経験を生かした暗黒小説を描いてきた鬼才。信じられないぐらいの暴力とエロスの果てに、清々しい読後感が残る作品を描いてきた。
この「どうしようもなく亜細亜と不可分に結びついている日本」「抗おうとしても抗いきれない人間の業と愛」とかがグイグイと迫ってくる筆力が本当にすさまじい。
 ――ある一人の男が、亡くなった親友の実家である「民宿雪国」を訪ねる――
 という第一章の出だしから、読者はまったく想像のつかないところへ連れていかれる。はっきり言って1章を読んでしまったらノンストップ!
 この「雪国」という民宿の主である、丹生雄武郎(にう・ゆうぶろう)は、後に国民的な画家になっていくのだが、それと雪国、そして「裏日本」と形容するしかない日本の暗部が、昭和の裏面史と分かち難く繋がっていることが段々と明らかになってくる。
 そして読み終わった後、否応なく読者の胸に残るのは「戦後の終焉の自覚」なのだからたまらない。限りなくオゾマシイ闇と一体化しながらも、強い生命力をもっている日本という国の姿みたいなものが、不思議な爽やかさとともにラストに立ち上がってくるのだ。
 その編集姿勢から「知性的」「人工的」という言葉が浮かんでくる「思想地図β」を読んだ後に、憎悪と暴力に彩られたフィクショナルな偽史「民宿雪国」を読むと、あまりの落差に頭がクラクラしてくるのだけれども、個人的には発売日も近いこの2冊を読めば、ゼロ年代の年末はいろんな意味で「楽しく」過ごせます。


◆人知れず戦いあう日本の歩哨たち「ドキュメント 秘匿捜査」

ドキュメント秘匿捜査 警視庁公安部スパイハンターの344日

ドキュメント秘匿捜査 警視庁公安部スパイハンターの344日


 先の2冊を読むとそんなどうにも救いがたい現代日本の有り様が見えてくるんだけれども、そんな恵まれぬ状況下でありながらも、「歩哨(セミトリ)とも言うべき、仕事を黙々とこなす大人たち」がいるから、日本はその体を成しているんだなというのが、悲しくも雄々しく見せつけてくれるのが本書ドキュメント秘匿捜査 警視庁公安部スパイハンターの344日
 2000年にGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)のスパイに自衛隊の秘密資料が、現役自衛官によって流されたという通称「ボガンチンコョフ事件」の始まりから結末までを描いた迫真のドキュメントである。
 読み始めた当初は、文章が読みにくさに難渋するのだけれども、三分の一も読むと、もうそんなものは気にならなくなってくる。緻密な取材から浮かび上がってくる、冷戦終結以降も形を変えて続いている防諜(カウンターエスピオナージ)の熾烈な現状に読むのが止まらない。

愛息の白血病という不幸に見舞われながら、研究の資料を得るためにロシア外交官に接触する自衛官
そうした相手の状況を利用して、自衛官をエージェントとして絡めとっていくロシアスパイ
地道な捜査によって、二人の接触を察知して、スパイ防止法のない中で最善策を模索していく公安警察
プーチン来日の最中への捜査に、政治的な判断を加味しようとする、かつてのスパイハンター

 今までにいろんな公安警察ドキュメントを読んだけれども、本作はその中でも頭二つぐらい飛び抜けて面白い。正直言って「攻殻機動隊」を最初に読んだ時ぐらいのサスペンスを読者に与えてくれるのは間違いない。
想像を絶する技術と技術の押収するインテリジェンスの世界と、個々の捜査員たちの曲げられぬ自負心。そして非常の限りを尽くしていたロシアスパイが、任務を失敗したときに妻の前で見せる慟哭……。
 扱われている内容の衝撃度だけではなく、それに関わってくる人々の人間臭さがたまらなく胸を打つ。
 必見の3冊です。

小林系作品集 notebook

小林系作品集 notebook


 最後に小林系さんのイラスト集もちょっと宣伝しておきますね。