20年前の「SFの本」で見つけた巽孝之×山形浩生の前哨戦

ちょっと雑誌文化を勉強しようと言うことで、神田の古本市(ちょうどお祭りだったので)をめぐりながら、もっとも当該雑誌が元気のあったころの発行時期時期のものをバカスカ買ってみる。まぁ仕事のネタになればと……。
そんな中で、ちょっと読者欄と特集が面白そうで買ったのが、1985年刊行の「SFの本 7」(スタジオ・アンビエント+新時代社)
1985年というと、ちょうど「機動戦士Ζガンダム」が放映開始となり、アニメ雑誌「NEWTYPE」が創刊された年と言えばわかりやすいだろうか? まだこのころは80年代のSF雑誌刊行熱が残っていたりして、「SFの本」の」表4には

わが国で初めて誕生した本格的SF年鑑!
日本SF年鑑 日本SF年鑑編集委員会編 B5版 平均220頁
1982年版 定価2000円
1983年版 定価2000円
1984年版 定価2200円
1985年版 7月刊行

とかの広告が掲載されている。なんか84年版辺りから売れなくなっていったんだろうなぁというのが分かる。この時期から一気にファンタジーブームが席巻しはじめるのだが、その分野の若い読者取り込みがあまりうまくいかなかったのかもしれない。
ほかに面白い記事としては

ニューサイエンス1

あー、このころはブームだったよねぇ。ちょうど82年くらいに科学雑誌刊行ブームがあった。それが80年代には、ある部分でニューアカ運動と結びついたりして、オカルトとニューサイエンスブームになっていく。
この「SFの本 7」では、ニューサイエンスがシリーズ特集になっていて、関連書籍のリストが載っていて、どこがSFの本なんだ!という絶妙な臭いを醸し出している。なるほど、Ζガンダムが最後にオカルトになるわけだ(アニマックスで最終回をみちゃったよ)
「タオ自然学」「生命潮流」「ホロン革命」「人はなぜ治るのか」とかのリストが載っていていた。オイラも「タオ自然学」「ホロン革命」あたりは、高校生の時に「まぁブームだしなぁ」と思って読んでいたので、懐かしいやら振り返ってみるに無駄なことをしていたなぁと思ったり。でもこのあたりで「カイロプラティック」「中国整体」なんかを知り、それが肩こりがひどいときに通院知識にもなっていたりするので、完全に無駄ではないのか。なんかみみっちいけど。 

EVENT REVIEW 大森望 ダイナコンⅢ・KSFA十周年 etc.

3年後にスタートすることになる、遊演体のネットゲーム'88には割と活発な愛知方面プレイヤーがいた。その中でたびたび「ダイナコンⅢがさ……云々」という話題が出てきた。が、東京圏&大学高校生連中(オイラも含む)にはなんのことやらさっぱり分からなかった実体がこの記事で分かる。

時代は地方小規模大会(ローカルコンベンション)。

という書き出しから、ここからおそらく5年間くらいはまだ「地方で合宿をすれば、SFファンダムの一体性を取り戻せる」といった、のちにゆうきまさみが「究極超人あ〜る」ほかいろんな場所で喧伝することになる「合宿ハレ思想」のようなものが機能していたんだろうなぁ……。

新井素子論 分割された聖母像 佐藤明彦

ちょうど新井素子が結婚したのがこの年か。結婚物語が刊行されてドラマ化されるのが、87年なので、その直前においてSF界においてどう新井素子が機能していたかという一体がかいま見られて面白い。巻末の言葉で

ファンジンやフライデーなどで既報のとおり、既報のとおり3月27日に新井素子氏がゴールイン。(中略)結婚後も執筆活動は続行するとのこと。ニュー素子のSFが楽しみです。

と触れられている。新井素子の結婚話が、フライデーに掲載されていたとは知らなかった。あと面白いなぁと思ったのは、大塚英志が「おたく精神史〜1980年代論」で語っているとおり、80年代後半から一気に青少年に対しての性情報の氾濫のような状況が発生しはじめる(これはまた機会があれば後述)。それを契機にまぁ初心な男子が大学行ってからのいろんな騒動みたいなものがふつーに起こり始める(サークルクラッシャーとかね)のだが、その直前に素子「姫」が結婚しているというのは、ある意味でちょっと象徴的かもと思う。

巽孝之山形浩生が読者投稿欄で大喧嘩

なんか読者から執筆ライターへの「あなたのナウシカ論は大間違いだ!」みたいな熱い投稿などがあって面白い。この時代のフレームは、当然のことだけれどネットではなくて、雑誌の投稿欄で起こっているというのを再認識できて楽しい。
考えてみれば、ちょうどΖガンダム放映時な訳で、高校生のアニメシナリオライター、当時17才の会川昇がアニメック(だったけ?)で、「Ζガンダムは大失敗作だ!」みたいなのをぶちあげるのが、この翌年位だから、どこの雑誌投稿欄も沸騰していたんだろうなと言うのが想像に難くない。
この「SFの本 7」でも同じような感じで当時、大学生だった(!)山形浩生氏と、コーネル大学に留学中(!)だった巽孝之氏が、巻末の読者投稿欄で大喧嘩していて面白い。
なんかきっかけとしては前号の山形さんの投稿が原因のようだ。「SFの本 7」にも該当箇所が引用されている。

山形浩生
各記事に執筆年月日をいれてください。例えば、一七一頁の四次会ファンジンのところで、『83年ベスト集計(早々と!)』というのは、これが怖らく本年度初頭に書かれたからなんだしょ?ときどきそんなのがあってシラケてしまう。下手するとそのせいでライターが迷惑すると思う(考えてみれば、これは不定期刊が悪い)

といかにも大学生っぽい投稿をしていて微笑ましい。
それに対して巽さんが、掲載時の自身の文章を再度引用して、それは賢明な読者であるならば発生しない誤読だと烈火のように怒って、近頃の大学生は「たかが十行にもみたぬ日本語の文脈が読み取れぬ!」と悲憤している。

巽孝之
(前略)まず日本語体系を身につけていなければならないのと全く同じこと。読めていなければ書くことはできません。
山形氏と二、三お話しした限りでは、氏は生粋の日本語を母国語とする日本人であられるようなので、今後はやたらと「シラケ」てみたり、「ライターへの迷惑」を心配したりなさらず、何よりもこの点を留意し続けて下されば、嬉しく存じます

とか書いてあるし(笑)
いや……編集者、こんな読者欄をつかった喧嘩になる前に止めろよ(笑)と思う。なんか涙が止まりません。
ロマンティシズムにあふれているというか、読者欄で決闘する華やかな80年代に思いを馳せてしまった。