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少年と伯父さん

"ダメな大人"の授業がもっと増えても良いと思う

この論議についてはちょっと違うなぁという気がする。このエントリ主が求めているものは、実父が提示するのとは違う生き方と価値観(それが駄目かどうかは別にして)というだけにすぎない気がする。

 

なのでそういった別の価値観が必ずしも駄目である必要はないと思うし、それを学校で教えるとなると、ちょっと変質してくると思う。「ようこそ先輩」のようには行かないと思う。学校に中間コミュニティを求めすぎているような……。エントリ主が求めているのは、むしろ下記の内田樹が言っているようなことだと思う。

親族の基本構造 (内田樹の研究室)

これを分かりやすく喩えるならば、映画「男はつらいよ」における寅次郎と満男の関係に近い。「男はつらいよ」では、初期の頃こそ、寅次郎とさくらとの絡みが多かったものの、満男が成長するに連れて、むしろ寅次郎は満男との関係が深くなってくる。満男の恋愛と寅次郎の恋愛がパラレルに描かれるようになり、満男の就職問題に寅次郎が相談にのったりする。

 

タイトルである「男はつらいよ」とは、シリーズ当初は失恋を繰り返す寅次郎の生き方であったのだが、それが「男(として成長するのは)つらいよ」という、満男の成長譚に直結してくることとなる。

 

こういう「親戚の変な伯父さん」というのは、映画ネタとしてもたびたび扱われていて、ジョン・ヒューズが監督した「おじさんに気をつけろ!」などがある。

 

成熟のロールモデルというのは単独者によっては担われることができない。タイプの違う二人のロールモデルがいないと人間は成熟できない。

学園映画において一時代を作り、青春の挫折と成長を描き続けてきたジョン・ヒューズが、その過程において、「おかしな伯父さん」映画を撮っていたというのは、とても意味にあることのように思う。

個人的にもそういう体験が多かったので一応記しておく。