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バーン・ノーティスと伊藤計劃さん

文系文化

地上波放映が始まってから、「バーン・ノーティス」に嵌っているのだが、これを見るとどうしても伊藤計劃さんならこれをどう見たかな?」という疑問が頭から離れない。
「冷戦が終わり、見える敵がいなくなった後のスパイたち」というのは伊藤計劃さんのモチーフの一つだった。これはこの間、小飼弾さんの家にお邪魔したときに、弾さんが「ここ何十年かでもっとも物語世界に影響を与えた下部構造は『冷戦』」と話されてなるほどと膝を打ったのだけれども、それとあわせて考えてみても興味深い。
TSUTAYAなどは、『「24」「プリズン・ブレイク」に続く第三の男』みたいな感じで本作を売ろうとしているのだけれども、バーン・ノーティスの主人公マイケルって、ジャック・バウアーマイケル・スコフィールドみたいな《冷酷でクールな格好良さ》とは、ちょっと違う。もっとウェットな感じの主人公だ。

マイケル・ウェスティンは東欧・OPEC諸国を中心に活躍するCIA工作員。が、なぜかナイジェリアでの任務中、組織から解雇されてしまう。命からがら、たどり着いたのは、故郷のマイアミ。元カノのフィオナ・グレナンや口うるさい母親と距離を置きたい彼は一刻も早く、マイアミを去ろうとするが、FBIから監視され、おまけにカードは使用停止、口座も凍結され、無一文状態。やむなくスパイ技能を利用した日銭稼ぎのトラブル・シューター業をはじめつつ、自分を解雇した謎の人物を探り始める

というのが大体のあらすじ。
これって構造的には、完全に時代小説の枠組みの一つである「浪人お助けモノ」である。
「自分には分からない不条理によって、力を奪われた男が再び立ち上がろうとする」というストーリーの根幹はマッチョなのだけれども、

「親友だけど、年金のために主人公の情報を売る頼りない仲間」=サム
「やたらに暴力的な、元IRAのエージェントの元カノ」=フィオナ
「健康な癖に病気を心配するヘビースモーカーの《大事な》お母さん」=マデリン
「貧富の差が激しい中で、必死に生きる貧乏な依頼人たち」=下町の風景

えーっと、「これはどこの陽炎の辻ですか?」ってな人情モノになってるんだよね。
「泣いている女性は見捨てられない」「子供にはとことん弱い」などのキャラクター造形は、ハードボイルドという点で、東直己が好きな人にはたまらないなーとも思う。北海道とマイアミという違いはあるけど。
港湾都市ってのは密貿易とかのネタを作りやすいので、「マイアミバイス」しかり「あぶない刑事」しかり、刑事物の舞台としてよく採用されるのだけれども、「卑しい町の騎士=ハードボイルド」−−大抵は雨降ってたり、硝煙やらスモッグやらで煙っているといったような街を舞台−−を、太陽照りつける生活感のないリゾート都市マイアミでやるってのが興味深い。
「ストレートに発揮することが許されなくなってしまった男性性を持つ自分とは何か」みたいな自意識ってのは、こういう話を扱うとどうしてもつきまとってきて、まぁ「女性刑事」「女性探偵」というパターンでスルーする方法もあるのだけれど、本作では「ストレートに出すのをついためらってしまう、シャイでちょっと情けない男」として描いていて新しい。
スパイ活動で得た技能を使った日銭稼ぎとしてマイケルが何をやっているのかというと、「振り込み詐欺で年金を奪われた老人に金を取り戻してやる」「マフィアの事故現場を観て、警察に通報してしまったがゆえに脅迫されている母娘を逃がしてやる」etc.という地域社会のプチ正義の味方というか、何でも屋さんな訳だ。
もともとマイケルが、マイアミを飛び出て世界を飛び回るスパイになったのも、暴力的だった父から一刻も離れたいというのが遠因だった。そんな父が残した遺品である旧式のダッチ・チャージャーを巡る車絡みの弟(これまたギャンブル好きで生活力のないダメ人間)とのエピソードは、ちょっとグラン・トリノみたいでイイ感じ。あっちはデトロイトだけれども、マイアミも同じような非対称な街だ。
また、栗田貫一の吹き替えを聞くと、ルパン三世の別バージョン/オルタナティブ」として機能してしまうのがいいんだよね。ルパンが探偵をやっている「探偵ジム・バーネットもの」を読んでいるような感覚?といってもいいかもしれない。余談だが声優変わってから、あんまりルパンも観ていなかったのだけれども、コレを契機に栗田寛一のWikipediaを読んでみると、その真面目さにビックリしたり……。
それとドラマ内での金のないマイケルが行う電子工作が、冒険野郎マクガイバーを思い起こさせるのも大いに楽しい。
TSUTAYAでは大プッシュされているのだけれども、近所のDVDは全然レンタルされていないし、売れているのかな?まぁはっきり言って、キャッチフレーズに偽りがありすぎて、24やプリズン・ブレイクのような爽快感をみんな期待すると腰抜かすからなぁ。
スパイ・ゲーム」に代表されるスパイ陰謀モノが大好きだった伊藤計劃さんが、バーン・ノーティスをどんな風に楽しく見たかっていうのが、頭から離れない。もっと描かれるべき話が合ったのは間違いないが、その中に余録として例えばこういう「バーン・ノーティス」や「特攻野郎Aチーム」のように少し明るくてユルい話があったらそれを読みたかったなと思った。
こういう「浪人お助けモノ」だと、最終的に浪人ではなくなった時に、主人公は果たして「旧藩への復職」を取るか、「窮地を救ってくれた下町の人情」を取るかみたいなアンビバレンツに最終的に到達して、そこでどちらを選択するかという難しいラストがあるのだが、そういう時に本作も、そして本作をもし伊藤計劃さんが観ていたら、迷わず後者を取れるような作品になるか、ちょっと感慨深げに思ってしまうのである。

伊藤計劃記録

伊藤計劃記録


バーン・ノーティス 元スパイの逆襲 DVDコレクターズBOX

バーン・ノーティス 元スパイの逆襲 DVDコレクターズBOX