新機軸の警察小説の佳作「さよなら、ジンジャー・エンジェル」「プロメテウス・トラップ」

世は警察小説のブームである。この間、警察小説を編集している編集者の人とお話したのであるが、現在の警察小説の番付を言うと
「東西両横綱が、佐々木譲と今野敏。大関が堂場瞬一かな?」
とのことであった。
まぁこれはちょっと今現在により過ぎている気がするから、横山秀夫辺りからの流れを入れなければならないだろうし、誉田哲也深見真、結城充孝や、その先行傍流として深町秋生や田中芳樹あたりも視野に入れた方がいいだろう。
そんな中で、二つのちょっと新味ある警察小説が出てきたのでちょっと取り上げる。
その前にものすごく大雑把に警察小説の流れを書いてみよう。実は多くの人は気づいていないけれども、警察小説というジャンルは、一般小説家とラノベ系作家が入り乱れている、ちょっと注目に値する面白ジャンル小説の領域になっているからだ。
まずは警察小説の二つの流れを書いてみよう。
◆組織人が敗北から立ち上がる〈サラリーマン系警察小説〉
◆ボンクラ映画、ライトノベルからの女性主人公の〈ボンクラ系警察小説〉
という感じだろうか。
まず前者の〈サラリーマン系警察小説〉というのは、主要読者が30代以上の働いている男性が多い。〈サラリーマン系〉ってなんだよと言われるかもしれないが、小説で例えるならば山崎豊子の「沈まぬ太陽」「白い巨塔」的なもの、漫画で言えば「サラリーマン金太郎」等のインサイターの著者が大好きなものと考えればいいだろう。
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横山秀夫の「陰の季節」の役割もめちゃくちゃ大きいけれど、やはり警察小説がここまで広がった伏流になったのは、「踊る大捜査線」シリーズの影響を抜きには考えられないだろう。
サラリーマン小説というのは、「会社は間違っているが、俺は正しく生きていく」というテーマが物語の底流に流れている。そして「会社組織の中で、致命的な失敗をした主人公」「一匹狼的な外部の者」であるキャラクターが、最後に組織の膿を洗い出し、勝利するというのが一つの大きなパターンだ。
踊る大捜査線」では、公務員組織であった「警察」を、一つの会社として読み替え、ヒラとエリートの対峙と共闘を主人公・青島と室井慎次で描くのが抜群に新しくて面白かった。だから男性サラリーマンにも受けたヒットドラマともなった訳だ。
個人的な体験だが、「踊る大捜査線」というのは本当に全年齢的に見ていた感じが強い。普段は趣味が全く異なる父母妹と自分が、ビデオを観まくったのはコレだけだった。
それゆえにサラリーマン小説系の警察小説のパターンは、「人生や職務で一度敗北した主人公が、そこから立ち上がって勝利を掴む」という形態が多い。
一方、後者の〈ボンクラ系警察小説〉というのは、実際の組織をベースにしてというよりも、海外の警察小説やドラマ、「ドーベルマン刑事」等のコミック、「西武警察」「あぶない刑事」などをベースにしているような雰囲気がある。
実体験に基づくような「誤った組織との軋轢」を描くことは少なくて、「治安の崩壊した近未来の日本で戦う特殊捜査官」になったり、「男社会の警察組織の中で、男性には捕らえきれないサイコ殺人犯やオカルティックな敵を、独身の女性捜査官が追いもとめる」という話になる場合が多い。
基本的に両者とも、主人公が能力ありながらで疎んじられているところから物語がスタートするのだけれども、前者においてはその理由が、「主人公が致命的な失敗をしたから」というのに起因するのに対して、後者では「主人公が女性だから」「主人公がアンダーグラウンドの銃マニアだから」あたりに起因するのが面白い。
このあたりは入り乱れていながらも、両者の境界線というのは割とくっきり分かれているのも興味深い。
これは作家の年齢や実体験にも大きく影響を受けているのだろう。
両者ともにもうちょっとスラップスティックなのがあっても良いような気もするのだけれども、物語のスタートがどうしてもそういうところなもので、あまりテレビドラマのようなコメディタッチのモノは少なくなるのかも知れない。
ただ作家の遊び的な要素というのを警察小説に見つけるのはスゴク面白くて、その意味では、今野敏の「東京湾臨海署安積班」シリーズの最新作「夕暴雨」には、同じお台場に警察署を持っているという設定で、機動警察パトレイバーのキャラクターが登場していたりする。
このあたりの面白い裏話などは、速水健朗さんがこちらで今野敏押井守の両氏にインタビューしている。面白い裏話が結構書いてあるので、ぜひこっちのサイトも見ておくと良いだろう。
今月のインタビュー|株式会社 角川春樹事務所 PR誌ランティエ
まぁあくまでお遊び的なコラボであって中身は本格警察小説なのだけれども、コミケ爆破予告に関する事件でもあってどんな感じで98式AVが登場するかはぜひご覧になって欲しい。まぁ今野敏さんはオタクだからなぁ……。

夕暴雨―東京湾臨海署安積班

夕暴雨―東京湾臨海署安積班


でいよいよ表題の新機軸の警察小説の紹介に移ろう(結構、ネタバレが厳しいので書きにくい(笑))
新城カズマ「さよなら、ジンジャー・エンジェル」
まずは15×24の刊行でtwitter上なので話題を呼んだ新城カズマの最新作「さよなら、ジンジャー・エンジェル」から。警察小説のブームにのっているのかどうか分からないが、主人公が死んだ警察官というところがまずは目を引く。なんらかの事件のために死んでしまったらしい元警察官の主人公・泊司郎が、中央線沿線にある書店の新人女性アルバイトが、巻き込まれそうなストーカー事件を未然に防ぐために奔走するストーリーだ。
ライトノベル作家・SF作家という出自もあって、あまり大人の主人公を描くことが少なかった筆者だが、今回はほぼ初めてに近い形で警察官という大人を描いているところが結構、新味があって、長年のファンとしても興味深い。
主人公が幽霊という意味で、前述した区分では、後者に分類されそうなんだけれども(結構、超常的な事件であるし)、でも「主人公が致命的な失敗を犯した故に死んでしまっている」というストーリーの発端は、明らかに前者の〈サラリーマン系警察小説〉なんだよね。
もっとも、主人公は結構、斜に構えた性格である上に、おまけにかなり制限の強い地縛霊――なぜか警察官時代の勤務範囲を超えて動けない――であるため、普通思うような警察小説を連想すると痛い目にあうのだけれども。
◆福田和代「プロメテウス・トラップ」
もう一つ、気鋭の作家として色々と注目されている福田和代の新作も一捻りしてある警察小説「プロメテウス・トラップ (ハヤカワ・ミステリワールド)」だ。
MITに留学中、その抜群のハッキング技術から「プロメテウス」という異名を持ちつつも、ハッキングの罪によって、いまは平凡なプログラマーとして暮らす能條良明が、あるアンダーグラウンドな仕事に関わったことで、アメリカを脅かすコンピューターを駆使したテロ犯との闘いに巻き込まれて行くというストーリーだ。
著者の福田和代は、女性であるけれども、元システムエンジニアであり、コンピュータに関する知識はかなりしっかりしている。東京創元社の「TOKYO BLACKOUT」も詳細な取材によるリアリティが評判を呼んだという経緯もあり、とかく魔法使い的に描かれがちなハッカーというものを、かなり現実味を持って描いているのが好感を持てる。
俺も「ブラッディ・マンデイ」のドラマを、藤井美奈目当てでみてコけたくちなんで(笑)、こちらは非常に安心して読めた。
主人公が天才ハッカーというのを知識の無いままにそのまま書くと、それは本当に「ブラッディ・マンデイ」になっちゃうんだけれど、それを「リアリティを持って描き」かつ「主人公はその能力故に若いときに取り返しの付かない過ちをした」というドラマを盛り込むことで、すごく読み応えのある小説になっている。
とりわけ最初のストーリーであるパスポート偽造と、国際テロ犯人をおびき出すためのスーパーコンピュータ同士でのチェス対決は本当に手に汗を握る展開で読者を飽きさせない。
そろそろ警察小説も飽和状態に達しつつあるのだけれども、その中でも注目に値する二作品である。
さよなら、ジンジャー・エンジェル

さよなら、ジンジャー・エンジェル


プロメテウス・トラップ (ハヤカワ・ミステリワールド)

プロメテウス・トラップ (ハヤカワ・ミステリワールド)


【追記】
新城カズマ『さよなら、ジンジャー・エンジェル)双葉社 刊行記念
紙の本と物語の未来

というイベントが開かれるようなので宣伝まで。