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「ゼロ年代の想像力」関連の雑談とか、ちりとてちん完全版DVDの話とか

日常

今まで乙木のブログで売っていた本は「ゼロ年代の想像力」の第1回が掲載された『SFマガジン』と、『虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)』だったのだけれども、それをとうとう『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)』が抜いてしまった……。あっという間に30冊越え…。ちょっと売れすぎだけれどもそれに匹敵するだけの良い本なので、一読の価値はあるかと。
さて色んな取材も半分ほどカタがついた。昨日は福岡へ日帰りで取材に行っていたのだけれども、なんか中国の北京オリンピックでの人工降雨作戦とかはスゴイらしいですよ。はっきりいって北京オリンピックに向けてどんなことを中国がやらかすかというのは世界中の気象学者の注目の的らしい。お楽しみに。
「ゼロ年代の批評」のこれから──宇野常寛さんロングインタビュー - 荻上式BLOG
この荻上&宇野両氏の対談も面白かった。いよいよ「ゼロ年代の想像力」も残り数回になってきたので楽しみ。乙木の方でも95年エヴァンゲリオン文化圏の終わり−−知的な塹壕としての「ゼロ年代の想像力」スタートと、よしながふみ「フラワー・オブ・ライフ」完結について - さて次の企画はの続きのエントリを書かねばならないと思っているところ。
ゼロ年代の想像力」の受け取り方としては、俺としては5回まではまぁ今までの宇野氏の主張をかなりクドクドとやっているなぁと思った。「露払いに時間かけすぎている、これで本当に最終回までにその先まで到達できるのか?」みたいな不安があった。
そう言った意味では本当の凄さは6回目以降から出てきており、「よしながふみ」を語った以降、あずまきよひこの『よつばと!』を題材として「新・教養主義」を語り始めたあたりで、当初、予想していた射程距離を超えてきており、その充実っぷりにかなり感嘆している次第である。
ゼロ年代の想像力」をいかに読み解くかにおいて、その前半と後半をどう評価するかというのは読者層をカテゴライズするに良いメルクマールになる。5回までをすごく評価して「6回以降は迷走してよく分からない、ネタ切れか」という層がいる一方で、「クドかった6回目以降からが抜群に面白い」という層が数多くいる。
へんな話だが、乙木のエントリ中において、「ゼロ年代の想像力は、よしながふみをも捉える長大な射程を持っているよ」と指摘しておいたにもかかわらず、そこまで捉えきれる人が思ったよりもSF読者層に少なかったのは残念。
再エントリするという意味では9回での『よつばと!』への言及は、6回以降、読まなくなってしまった人へも示唆的である。

新・教養主義という可能性
(前略)
 最後に、あずまきよひこのマンガ『よつばと!』の名前も挙げておきたい。あずまは出世作『あずまんが大王』で、高橋留美子的「母性のディストピア」を「空気系」と呼ばれる日常の無意味なコミュニケーションの連という形で、より男性ユーザーの欲望に忠実な形に完成させた作家として位置づけられる。しかし同時にあずまは、その成熟忌避的な側面=母性の重力にもっとも敏感な作家でもある。その証拠にあずまは当時大人気だった『あずまんが大王』を、登場人物たちに粛々と年を取らせること(卒業させること)で早々に終了させ、高橋的な非成熟による無限ループ構造を拒否した。そしてはじまった新連載『よつばと!』は、なんと広義の育児マンガにあたり、ファンを驚愕させた。同作は、孤児の女子幼児・よつばが翻訳家の青年に拾われ、その周囲の人々に囲まれながら(擬似家族!)少しずつ成長していく過程を日常の他愛もないエピソードを連ねて語るハートフルな作品である。こと、説教臭くなりがちなこの種の作品の中で『よつばと!』に具体的なメッセージはほぼ登場しない。かわりに存在するのは、子供の自律へ向かう力に対する圧倒的な信頼であり、その信頼し得る環境を維持するための注力である。よつばに自身の価値観をまったく伝えず、その代わりにことあるごとに子供をさまざまな環境下に連れ出すよつばの養父の立場こそ、まさしく新・教養主義的である、と言えるだろう。
(後略)

何らかの形で、教養主義的なところへ踏み込んでいくだろうとは思っていたけれども、そこへの題材として『よつばと!』を使うとは思わなかった。95年エヴァンゲリオン文化圏の終わり−−知的な塹壕としての「ゼロ年代の想像力」スタートと、よしながふみ「フラワー・オブ・ライフ」完結について - さて次の企画はよしながふみを処理した後では、どうしても「伝統」「教養・教育」への言及があるだろうとは思ってはいたけれど、この切り込み方はかなり意外ではあった。そして勿論効果的でもある。
というのは、前のエントリを書いた時にはあまり自分でも自覚的ではなかったけれども、よしながふみは「見え過ぎちゃう天才」であり、超絶的に頭がいい方なので、多分、多くの人はここまで到達できない。それどころか読み取ることも出来ないだろうナーみたいなことがこの1年ぐらいで段々分かってきたからだ。
ほんのここ数日のスパンで分かりやすく言うと、
「いや、3月のライオンは面白いし、俺も買ったけど、ここってもう何年も前によしながふみが通り過ぎているところジャン」
ってことになるわけだが(笑)。いや、羽海野チカは好きですよ、俺も。
そこでどうしようと思っていた時にこの半年、乙木がハマっていたのが、『ギャルサー』のシナリオライターでもあった藤本有紀の『ちりとてちん』だった。これは一言で言うと、どのように《教養》や《伝統》に再接続するかという問題でもあるのだけれども。
いずれ最終回を迎えてからまた詳しく語ろうとも思っているが、『ちりとてちん』は本当に抑えておくべきドラマで、今もすごく盛り上がっている最中なので、見てない人は是非!
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PLANETS vol.4では、ほんの1コラムしか書けなかったけれども、DVD完全版が出た暁には、未視聴の部分も合わせてもうちょっと語ろうと思っているところ。

ちりとてちん 完全版 DVD-BOX I 苦あれば落語あり(4枚組)

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すでにアマゾンでは売れ行き20位という飛んでもないことになってる。