【この本はムチャクチャ色んな話題があるので一度にアップできないためちょっとづつ改訂してきます】
乙木はある時期からちょっとソニー嫌いになったのだけれども、PlayStation1のころはむしろソニーが好きだった。ふり返ってみると気分的な転換は久夛良木健がソニー本社の副社長になる前あたりからかもしれない。
とはいえ、ゲーム屋さんでもあった乙木からすると、PS2開発機材を前にしては色々と企画を動かしていた頃はとにかく興奮したし、すごく久夛良木体制に期待してもいた。そんなちょっと昔の感情を呼び起こされる画期的な良書『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)』が発売された。
美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)
この本を読むと「久夛良木健というなエンジニアが何に駆動されていたのか」と言うことがよく分かる。
当時、ソニー社長であった大賀典雄は、目の前の部下を半ばみらみつけながら、机をたたいてこう叫んだ
「実現できるかどうか、証明してみろ!
Do! it!」
大賀の前に立っていたのは久夛良木健。その後、ゲームビジネスでソニーを世界のトップの座に導くことになる「プレイステーションの生みの親である。
この書き出しから始まる本文だが、それから以降はクタタンに魅了されっぱなしである(笑)
著者のサイトはココで、これを見た時から欲しくてしょうがなかった本である。
西田 宗千佳のPostscript: 告知
……その志の高さや発言の規模の大きさだけを見ていると、アーサー・C・クラークの「楽園の泉」の建築学者ヴァニーヴァー・モーガンを彷彿とさせる。……日本人SF作家の登場人物で言うなら、もちろん野尻抱介「ふわふわの泉」の浅倉泉、林譲治「ウロボロスの波動」に出てくるAADD――人工降着円盤開発事業団の科学者たち、小川一水の「第六大陸」の桃園寺妙あたりだろうか。
列挙したハードSF作家たちがことごとく宇宙作家クラブ所属で、「人類が宇宙へ進出するにはどうすべきか」という動機に駆り立てられているとするならば、久夛良木健を駆り立てていた情熱とは
「パソコンとは違うオルタナティブ・コンピュータを作る」
ということのように感じた。だからこそ、ソニー・ゲーム・エンタテインメントではなくソニー・コンピュータ・エンタテインメント(SCE)な訳だが。
PS2開発が終わった頃のチーム・クタラギの話として面白い本書中にあった。
「サーバは衛星軌道がいいか」
PS2開発もおおよそ終わった一九九九年前後のことである。
技術チームを集めたブレインストーミングの席上で、久夛良木がこんなことを言い始めた。
「世界中のPS3かPS4から、一つのサーバーにアクセスさせるとすれば、どこに置くのがいいだろうか。
等距離とすると、衛星軌道か?」
参加するエンジニアは、半ば驚きながら、このように答えたという。
「いや、むしろ月面でしょう。衛星軌道じゃあ、放熱の問題が大変ですから」
「やっぱりグラナダ?」
場は爆笑の渦となり、会は解散になったという。
笑ったのは、久夛良木の発想が突飛だったからではない。月面にサーバーを設置するという話題に対して、出てきた地名が「ガンダム」に登場する架空の地名であったからだ。エンジニアの多くは、当時三〇代から四〇代のいわゆる「ガンダム世代」だ。衛星軌道や月面といわれると、思わずガンダムの話題になるのも致し方ないところである。
「久夛良木さんだけ世代が違うから、なんで笑っているかわかんなかったみたいですけどね」と岡本は当時を思いだし、破顔する。
(中略)
だが、ブレインストーミングには続きがある。
会議が終わり、メンバーは、同じエレベーターで移動する。久夛良木がエグゼクティブフロアで降りても、他のメンバーは降りない。そのまま、予約していた別の会議室に入るのである。
議題は、「さっきの会議で、久夛良木さんは何を言っていたのか」。
別に、久夛良木の言うことが意味不明ということではない。久夛良木はチームのトップであり、発想力も図抜けている。ただ、ブレインストーミングの場では思いつきの限りに語るため、そこに含まれる技術的な発想や課題が多岐に亘る。ブレインストーミングの内容を再度分析し、次に続くコアな発想とはなんなのか、それを発掘することが必要だったのである。そして、そこで集まったアイデアを、再び「話が大きめのミーティング」にかけ、アイデアの方向性と、形にするための技術的要件を見つけ出していくことになる。
俺の中で小松左京と久夛良木健が並んだ一瞬である!
どこの「果しなき流れの果に」やねん!
この瞬間、久夛良木建の頭の中にワイド・スクリーン・バロックが見えるね!
- 作者: 小松左京
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 1997/12
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乙木はゲーム絡みの仕事もしているんで、はっきりいってPS2の音絡みの初期バグとかPS3の開発しにくい環境などはクソだと思っていたし、PSP発売前の頃の腐りきっていたSCEなんて滅んでしまえと思っていたけれども、この『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)』を読んで、PlayStationシリーズを「今までのコンピュータの在り方とは違う、画期的なリアルタイム処理コンピュータ開発史」として読み解いていくと、なるほどクタタンの開発思考というのは、間違っていないかもという気になってくる。
ハッキリいって久夛良木が絶頂期にあったPS2立ちあげ時期とか、PS3構想の時期の面白さは並のSFをはるかに凌ぐ。
つまりSF年代史的に読むと、この本は滅茶苦茶面白いな!
久夛良木健をSF的なコンピュータ開発者として位置づけるともう早くも今年のSFベストワンじゃないかと思ったりする(笑) 明らかに誤読だけど、SF作家の参考資料になりかねないスケールのでかさがある。
あきらかにゲームビジネスとしては、PS2のメイン電源が背面にあるというあたりからインダストリアルデザインとしておかしな形になり始めるのだけれども、「オルタナティブ・コンピューター」としては、アリだったのかもしれない。
実際、PS2、PS3関連で出てくる久夛良木の色んな言葉は非常に興味深い物が多い。
任天堂から教わった「そこの深いハード作り」
久夛良木自身も「PS2では、思ったより技術者がついてくるのに時間がかかった」と話す。
だが久夛良木の言葉は、「PS2の構造の難しさは失敗だった」ことを認めたものではない。「据え置きのゲーム機は、一、二年ですべての能力が出し切れるようではダメ。開発者が飽きてしまう。なるべく深いほうがいい」と久夛良木は話す
PS2は、発売から五年間は現役ということになるだろう。ならば今からみて、一〇年後にも見劣りしない技術をぶち込もう。それも、一つや二つじゃない。最低でも三つは必要だ。(引用ココまで)
↓
その結果、PS2についたのが
(1)比類ない高性能 (2)PS1互換 (3)DVD再生機能
となった。これは後にPS3にも継承され
(1)比類ない高性能 (2)汎用コンピューティング (3)ブルーレイ再生機能
へと続くが、ちょっとこれが成功したかはかなり当時は疑問だった。
この本書を読んでようやく理解したのだけれども、PS3のCPUであるCELLが生み出したのマルチコア思想――とりわけ1個の汎用的なプロセッサコアと、8個のシンプルなプロセッサコアとう異種のマイクロプロセッサを一つにまとめたヘテロジニアスマルチコア――は、結果的にインテルやAMDに先駆けていたと言う点は、もっと評価しても良かったのかもしれない。
ヘテロジニアスマルチコア - Wikipedia
マルチコア - Wikipedia
本書の後半になると、「家電メーカー・ソニー」における久夛良木健の失敗や、久夛良木の失言として良く例にひかれる
使用する液晶画面はこれ以上小さくしたくないし、PSP本体もこれ以上大きくしたくなかった。ボタン位置も狙ったもの。それが仕様。これは僕が作ったもので、そういう仕様にしている。明確な意思を持っているのであって、間違ったわけではない。世界で一番美しいものを作ったと思う。著名建築家が書いた図面に対して門の位置がおかしいと難癖をつける人はいない。それと同じこと
「それがPSPの仕様だ」:日経ビジネスオンライン
という消費者置き去りの傲慢な発言がPS-XやPSPの発売前後からマスコミに頻発されるようになってきたのも、その背景には小室哲哉や佐野元春、大江千里をプロデュースして育て上げてきたSMEの社長であった丸山茂雄が「後見人」と「久多良木健プロデュース」をおりたところが原因だったのではないかと著者が指摘する点も面白い。
丸山茂雄 - Wikipedia
ある時期からゲーム屋さんから、汎用コンピュータ・スーパーコンピュータの夢のようなものを盛り込み始めた辺りが、PS3の失敗だったとも言えるけれども、ちょっと視野を変えて「コンピュータ開発者の年代モノSF」として読み替えると久夛良木健というのは類い希な開発者だったんだなとわかる。
正直なところ久夛良木さんが言っていた「蛇口を捻ると水が出るように、PS3をネットに接続すると計算力が出てくる」と言われても、ゲーム開発者風情では、その溢れる計算力をシミュレーター以上に使う用途が思いつかない。実際、CELLに関してはソニー本体に置いても使い道が見付からず、結局は半導体工場も東芝に売却されることになったというのもあるわけだし。
最後にちょっとPS3がいかに勝れたコンピュータか分かるエピソードを引用する。
二〇〇七年三月二二日に公開された、九回目のPS3のシステムソフトウエア・アップデートにちょっと変わった機能が追加されていた。
その機能の名は「Foldine@Home」(F@H)というものだ。(中略)F@Hとは、米スタンフォード大学が主導で行っている医療向けタンパク質構造解析プロジェクトだ。特殊なタンパク質の構造を知ることで、アルツハイマー病や狂牛病(BSE)などの原理を解明することを目的としている。(中略)。
PS3の演算性能がどれほどのものなのか? それを示すものとしてはSCEはF@Hへの参加を決めた。
結果はめざましいものであった。PS3の参加から半年を経過した九月。F@Hに参加するコンピュータ全体の処理能力はついに1ペタフロップスに到達した。1ペタフロップスとは、国内有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレーター」の約二二倍、〇六年一一月現在、世界最高速のスーパーコンピュータ「Blue Gene/L」の約四倍にあたる。
F@Hには〇八年現在、常時二五万台のコンピュータが参加している。大半はパソコンであり、PS3が占める割合は四万台程度(約一六パーセント)と決して多くはない。だが、PS3の生み出す演算能力は、全体の八〇パーセントを占める。セルの演算能力が、F@Hの処理速度を劇的に高めたのは、疑いようのない事実といえるだろう。
もう少しPS3のオペレーティングが上手くいけば――とはいえ、こういうコンピュータの有り様をゲーム開発者とその市場に結果的に負わせすぎる形になったのは明らかに失敗――もう一つの有り様としての「オルタナティブ/コンピューター」が産まれたのかなとすればちょっと残念である。
その思考が宇宙開発ではなく、オルタナティブ・コンピュータにったことを考えると、先のSF作家よりも飛浩隆や円城塔のSF路線に近いのかもしれない。
そう言う意味では本書『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)』はゲーム開発者のみならず、SF読者やSF作家が読んでもメッサ面白い必読の書とも言える。
久夛良木自身、「SCEを本にたとえるなら、早川書房のSF文庫かな」と語ったことがあるくらいセンス・オブ・ワンダーの世界に憧れていたのだそうだ。ほんの一時期かもしれないが、SCEは確かに現在のGoogleと同じようなセンス・オブ・ワンダーの詰まった会社だったのである。
美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)
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