「惑星のさみだれ」の男性キャラを考察してみる(前篇)

ここ一週間、やたらと本を買って読みまくっていた。夏休みが近いからって事ではないけれども、大きな冒険物語のようなものをセレクションして集中的に読んでみた。
田中芳樹 「月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)
子ども向けの作品であるが、キングコングのノベライズを担当したあとの最近の田中は子ども向けを書いた方が筆が乗っている感がある。130冊を越える参考文献から描き出されたヴィクトリア朝イギリスの風景が楽しい。あとクリミア戦争のトラウマによって超絶的な戦闘力が封印されていた男主人公という設定に、なんか時代が二回りしてからトラウマ主人公を田中芳樹が書くようになったんだということに驚かされる。
荒俣宏新帝都物語―維新国生み篇
なんとここに至って帝都物語が本格的に復活である。今回、魔人・加藤と闘うのは新撰組の土方歳三である。維新という新しい国を形作る中、死者による鬼たちの幕府を作ろうとする陰謀に土方歳三斎藤一が立ち向かう。この土方のキャラクターがストーリー後半になればなるほど立ってくる。「清冽な巫女が魔に犯され恋慕しちゃう」という前半のストーリーは「荒俣さんは本当にこんな話が好きすぎる!」というお家芸になっているけど、後半の熱い展開にはびっくり。
大冒険時代―世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記
ナショナルジオグラフィック誌に50年から100年前に掲載された傑作冒険記をまとめたもの。各エッセイは短いが、なにより多彩な面子からなるその顔ぶれにびっくり。最初の第一編のアフリカ冒険記はT・ルーズベルト大統領! あのルーズベルトが大統領を辞めた跡にこんな波瀾万丈な冒険を行っているとは知らなかった。リンドバーグ夫人、ヘイエルダールとか有名人以外にも外交官・兵士・流刑者、海賊の頭領の話までがナショナルジオグラフィックには寄稿しているのだ。もう必読の一冊!
これらの感想は逐次書いていく予定だけれども、今週、唯一買ったコミックスシリーズが、構造読みとか先読みが非常に面白い作品であったので、今回はちょっとこちらのレビューを書いてみようと思う。
惑星のさみだれ - Wikipedia

惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)

刑事だった父が惨殺され母が失踪。祖父から虐待を受けた体験から冷めた人生観を持つようになった主人公・雨宮夕日。そんな彼の前に突然、喋るトカゲ・ノイが現れる。ノイは夕日に「トカゲの騎士」となり、宇宙に浮かぶ巨大な《ビスケットハンマー》で地球を破壊しようとしている魔法使いから、地球を救うべく《騎士》たちを集め、《姫》を守って闘う使命を授ける。夕日は使命を拒否しようとするが、抗うまもなく「一つ目」の敵が襲いかかる。逃げる夕日を救ったのは、隣に住む少女・朝比奈さみだれだった。圧倒的な力で敵を撃退するさみだれ。だが地球を救うはずの《姫》=さみだれの願望とは、魔法使いと《ビスケット・ハンマー》を退けた後、自身のこぶしで地球を破壊するという魔王ともいうべきトンでもないものだった。だが世を憎む夕日は、この小さな魔王の騎士として、さみだれに忠誠を誓うのだった。果たして地球の存亡をかけたハルマゲドンの行方は?

だされている素材は、あきらかによく見慣れたモノに過ぎないが、それを組み合わせて作ろうとしている物語の枠組みが非常に大きい。
この
新世紀エヴァンゲリオンというコンテンツ以後、屈折してしまった少年が、いかにして再び《正義の味方》となりうるか?」
というのは非常に難しいテーマだ。これに意欲的に取り組もうとしている小説家や漫画家のアプローチはかなり多彩を極めている。
ところが、非常に困ったことにエヴァンゲリオンがハルマゲドンを結果的に「心理内での戦い」という風に描出したことや、バトルロワイヤル的に超能力者が乱立するシチュエーションが多くなったため、実は「地球存亡の戦い」「宇宙を掛けてのハルマゲドン」的な闘争というものが、少年コミックの世界で描かれなくなって久しい。
そのもっとも象徴的なモノは、「超能力バトル」のさきがけとなった、荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』におけるラスボスと、周辺状況の矮小化に一番極端に現れている。

ジョジョの奇妙な冒険のバトルシチュエーションの変遷
第一部 世界の首都ヴィクトリア朝ロンドンでの人類と吸血鬼の種族存亡の戦い
第二部 旧世界の首都ローマでの人類(地球そのもの)と超・吸血鬼(柱の男)の種族存亡の戦い
第三部 日本〜エジプトでの人類(ジョースター家)と吸血鬼DIOの種族存亡をかけた戦い
第四部 日本の善の異能力者群とサイコキラー吉良の
第五部 シチリア・ギャングコミュニティの中での、異能力を持ったギャング同士の抗争
第六部 アメリカ刑務所内での、異能力を持った囚人たちの抗争
第七部 北アメリカ大陸横断レースというゲーム内での異能力者たちの抗争

こうして並べていくと判るのだけれども、ジョジョの奇妙な冒険は、シリーズを並べていけばいくほど、争われる場所と抗争が小さくなっていくのがよく分かる。ことに第七部スティール・ボール・ランにおいては、第三部から第六部の基盤である「異能力者同士の戦い」という《ゲーム》を描くために、「北アメリカ大陸横断レース」という《ゲーム》という屋上屋を重ねなければならなくなってきている。
この《ゲーム》に《ゲーム》を重ねるというのは、少なくとも集英社のコミックにおいては「もうこれは最終手段、あとはネタ切れ」と白状してしまっているのに等しくて、Dragonballにおける「最後の天下一武道会」や、Hunter×Hunterでの「グリードアイランド篇」に近い。
ま、それだけ「ハルマゲドン=最終戦争」を描出するというのは難しいわけだ。
ところが、「惑星のさみだれ」は、エヴァンゲリオンを真っ正面から受け止めた上で、それを乗り越えようとしているところがスゴイ。
それは第一巻の38P〜39Pの見開きに現れている。
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さみだれ あっちの方 みて 空
雨宮夕日 …なにもないけど
さみだれ それがあんねんな
雨宮夕日 …なにが
さみだれ 地球(ほし)を滅ぼすもの
雨宮夕日 なに言って な… え…
ノイ   そこに在ると言われねば見えないように出来ているのだ。あれは。
ノイ   あれの名は ビスケットハンマー 宇宙空間を漂い 落ちれば焼き菓子を割るように惑星を砕く 魔法使い最大の泥人形

いやー、このビジュアルはすごい。絵的には本当に技術を使っているモノではないけれども、この画を見るとある年代以上の人には色んなモノを感じさせるのではないだろうか? 例えばそれは地球滅亡させかねない隕石や妖星であり、億に匹敵する巨大な宇宙艦隊群とかかもしれない。
ただ乙木的にこのビジュアル&ストーリーから連想するのは、やはり幻魔大戦にとどめを刺す。「地球を救うため《姫》が超能力者を集める」という外観から、平井和正石ノ森章太郎版によるコミック版のラストシーン「ドクロの月」を思い起こさざるを得ない。あるいは東丈を追いつめるためにプリンセス・ルナが見せた幻魔大王の幻影とか。

◆余談
余談の横道だが、「惑星のさみだれ」でも「天元突破グレンラガン」でも、あちらこちらで「月」がすごく意味ありげに使われているのだが、これってやっぱり「リュウ版新幻魔大戦」の影響なんすかね?

以降、「惑星のさみだれ」は、地球の破滅を意味するビスケットハンマーが中空に浮いているというシュールな光景を背景にストーリーが進んでいく。近年の多くのバトルロワイヤル的なストーリーでは、こういった究極的な破滅的ハルマゲドンを描くことは無かったのに対して、常に目の前に地球滅亡を予感させながら進む「惑星のさみだれ」はかなり興味深い。
そう考えていくと、著者の水上悟志の絵柄は、線が少ないシンプルで地味な絵柄のみを見ているとごまかされやすいが、「惑星のさみだれ」を書いていく上で、キャラクターの名前の対応やキャラクターのデザインをとっても、著者がかなり注意深く自覚的に作り込んでいる点がよく分かる。
ガジェットとして頻繁に使われるモノ……それはオタク的なお約束となっているもの……を意図的に組み合わせながらも、違う意味を引き出そうとしていることに多大なエネルギーを使っている、「著者・水上悟志のひねくれまくった屈託」が面白い。
その例は「劇中劇」という形でたびたび言及されていた「魔法少女マジカル・マリー」にも現れているし、朝比奈/夕日、東雲/南雲、太朗/花子、月代/星川、夕日/茜 太陽、アニマ/アニムスetc.のように対になるキャラクターに対して、執拗なまでに対称的な名前をつけるところにも現れている。
著者は明らかに設定とストーリー構成にも徹底的に凝るタイプだ。しかもそれだけではなくて、意識的か無意識的かは判らないが、その凝った設定を進展中のストーリーにおいて読者が気付いていくれることを強烈に望む、ある種、ミステリー作家のような技巧的なところもある。
ストーリー上の謎に関して解釈するには、まだデータが足りない部分も多いのだが、キャラクターの設定に関してはかなり出てきている。その興味深いところと作者の意図をくみ取る形で、解説していってみよう。
◆雨宮夕日と東雲三日月:《正義の味方》を拒否する二人の少年
主人公・「トカゲの指輪の騎士」雨宮夕日とそのライバル「鴉の指輪の騎士」東雲三日月。前者は「知性派ヒーロー」、後者は「肉体派ヒーロー」が屈折した形として描かれている。三日月の兄であり、本作ではもっとも本来的な形で《正義の味方》を自称し体現していた「大人」東雲半月と比べると、この二人の大学生はあまりに屈折していて、地球滅亡というのを前にしてもその救済のために闘うということが出来ない。
「知性派ヒーローの屈託」として描かれる夕日は、祖父からの虐待というトラウマのため、本来的には地球を救わなければならないにも関わらず、同じように屈託したヒロインであるところの《姫》=《自身での地球破壊を望む魔王》の下僕として使えるという屈折っぷりである。ストーリー進展的にはすでに「祖父との和解」「兄貴的存在の喪失と継承」といった、転向イベントも幾度となく組み込まれているのだけれども、本人をして「(裏切り者として)演じ切ってやる」と思いこまなければならない状況だったりする。
「姫を守る」ことと「ビスケットハンマーを阻止する」ことが直結する意味が分からないと1巻で呟く演出があるなら、姫に着いている精霊の名と魔法使いの名前がそれぞれアニマとアニムスという対称性に、知性派である夕日が気付かないのは演出的にマズイだろうと、乙木は意地悪く思ったりする。ジャンプ的な意味では、雨宮夕日は当然の事ながらDEATH NOTE夜神月に対応しているワケだしね(笑)。
すでに色んなカードを切った上でありながら《正義の味方》へと転向しない夕日がどんな形で「現代的な知性派ヒーロー」となるのかが非常に興味深い。
後者・東雲三日月は、天才武闘家の兄を持ち、その兄を越えるべく東南アジアへ修業にいった過去を持つ。明るくて誰とも仲良くなれる性格を持っていながら、こと戦いに関しては戦闘狂ともいえる狂気の持ち主で、本質的に強い敵と戦うためであるならば、魔法使いとの戦いを蔑ろにしても味方同士の同士討ちも好んで行う。
この三日月のキャラクター造形のベースになっているのは何かというと、それは勿論、DragonBallにおける孫悟空だ。トーナメント方式での戦闘=強さの順位を決めることがなによりも優先されるというテーゼの下に延々と続くジャンプの神話的バトルは、結果的に「平和のために闘っているはずの主人公が、誰よりも戦いを希求する」というジレンマに陥ってしまったわけだが、それを東雲三日月というキャラクターはそれを体言化している。
それ故、三日月は兄・東雲半月に敗北すると東南アジアに修業に行ってしまい、南雲宗一朗に敗北すると一週間山ごもりして、本作における「気」=「空間掌握」の特訓に励むのである。言うまでもなく東雲/南雲は、本作内では数少ない大人のキャラクター&正義の味方を体現するキャラ――そして夕日と三日月にとっては愛憎深い兄貴分&ギャグキャラ――として描かれている。
この「少年の持つ暴力的な男性性をいかにして慰撫するか」というのは、少なくともある程度自覚的なクリエイターなら近年ストーリー内に組み込まなければいけないテーマの一つとも言える。まぁ「少年の無垢な善性が暴走するとオウム真理教になってしまうのを、いかに止めるか」と言い換えても良いかもしれない。
面白いことにこれには二つのアプローチがあって、集英社ジャンプ的な方向性としては、BLEACH銀魂に見られるように、暴走する男性性を「正しい形での女性性との邂逅・救済」や「真剣になりすぎない、あるあるネタ的なギャグを含む日常で慰撫する」という方法がまず王道的に存在する。そしてもう一方が、小学館・角川的な方向性として、「暴走する男性性を去勢/女装化/無性化することで意識上から消す」というのが、ライトノベルやオタク漫画方面で裏道的に数多く見られるのが、これまた興味深い。
で、後者もまた「あるあるネタ的なギャグを含む日常で慰撫する」ことがわりとキーになっているのである。このあたり考察すると面白いのだが……。
さてちょっと横道にそれたので修正すると、以前から乙木は、エヴァゲリオン以降、少年のビルドゥングスロマンを描こうとするのであるならば、白と黒の少年のツーマンセルを使わないと描けないというようなことを書いた。
その典型例として、ジャンプの「Hunter×Hunter」「武装錬金」を上げた。

この「惑星のさみだれ」も大枠に置いては、夕日と三日月という二人の少年を使って描いているわけだが、「Hunter×Hunter」「武装錬金」では白の少年側には、少年の善性が描き出されていたのに対して、「惑星のさみだれ」では、もっと複雑になっていて知性派・肉体派それぞれともに白×黒と線引きされるどころか、両者ともにあまりに自意識が大きすぎるグレー×グレーな二人の少年として描かれている点が複雑さを増している。
70年代的な変身ヒーローと、NHK少年ドラマシリーズにあこがれる様な大人のヒーローである東雲半月/南雲宗一朗に対して、正義の味方としてはあまりにグレーすぎる雨宮夕日/東雲三日月がどのようにストーリーに絡んでくるのか楽しみである。
そして、ストーリーの登場前に二人の女性騎士を救って死んでしまった「カジキマグロの騎士」の外伝がどう絡んでくるのかが無茶苦茶楽しみなのは言うまでもない(笑)
◆魔法使いアニムス世界を滅ぼそうとするパジャマの人
ビスケットハンマーで地球を滅ぼそうとしている魔法使いアニムス。その存在はまだまだ謎に包まれているけれども、まだ単行本に収録されていない連載分を見ると、そのカテゴライズが非常に大きくて先行きが非常に楽しみなのである。

未来から過去へと遡り原初まで収束する先進波
宇宙を創造した神という名の超能力者と対になる破壊神

スケール、でか!
舞台は地方都市、登場人物は基本的に日本人というストーリーだったものだから、あまり正体には期待していなかったのだが、ここまでストレートに宇宙そのものと敵対する敵役
は久しぶりなので無茶苦茶楽しみ。
自身と同じく「全知」を求める「黒猫の騎士」である風巻 豹 (「しまき ひょう」と読む。でも見た目はデブで気の良いオタク風《笑》)を、「全知」をえさにして誘惑するのだけれども、このシーンなんてSF的に無茶苦茶そそられますよ!
どう考えても、小松左京の「すぺるむ・さぴえんすの冒険」を思わずにはいられないじゃないですか。
《姫》である朝比奈さみだれに着いている精霊の名が「アニマ(男性内の無意識の女性性)」というわけだから、これは疑いようもなく魔法使いの名前である「アニムス(女性内の無意識の男性性)」とは対称となっている。ただ対象化されているのはそれだけではない。
さみだれは、夕日を好きな理由として「冷静眼鏡が好き」といっているが、明らかに魔法使いアニマもそのカテゴライズには入ってくる。そしてそれだけではなく、アニムスもまた朝比奈さみだれとおなじく死病にとりつかれた病人であることは絵的に判る。
アニムスの格好は、「上下同じ模様のゆったりした服」であり「靴を履いていない裸足」で常に描かれている。これは明らかに「入院してパジャマを着ている病人」という記号だ。
そして「黒目は二重丸で書かれ」「目の下には隈がある」ことはそれを一層強化している。
《姫》が地球を護らずに破壊しようとしている理由として、自身が死病にかかっており、現在は精霊アニマがついて「ビスケットハンマー」による破壊を止めるという使命のために元気でいられるが、それを果たした瞬間、また余命幾ばくもない病人に後戻りするから、愛している地球共々心中したいという説明が成されている。
だが、魔法使いアニムスに付与されている記号を解釈すると、同じような設定が魔法使い側にもあることは明白だ。このあたり興味深い伏線が二重三重にも仕込まれていて実に面白い。


なんか他にも面白い伏線がかなりあるのだけれども、ちょっと主要キャラクター3人の基礎的な考察だけで終わってしまった。続きはなるべく近いうちに書きたいが、いつ書けるかなぁ……?
ともかくも、一風変わってはいるが、非常にラディカルに少年ビルドゥングスロマンを書いている作品の一つとして……そして実はSF的にもかなり深い作品として「惑星のさみだれ」はお奨めである。

惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)


惑星のさみだれ 2 (ヤングキングコミックス)

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惑星のさみだれ 3 (ヤングキングコミックス)

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こちらも面白いよ〜ん、冒険好きな人は必読。
月蝕島の魔物 (ミステリーYA!)

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新帝都物語―維新国生み篇

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