バディストーリーの構造学:「BLUE DRAGON ラルΩグラド」の失敗を分析してみる。

BLUE DRAGON ラルΩグラド」の月内打ち切りが決定したらしい。「ヒカルの碁」「DEARTH NOTE」の二連続ヒットという、ここ近年ではそうそうなかった小畑健の快進撃も一段落してしまった感じだ。
小畑健の「BLUE DRAGON ラルΩグラド」は重すぎる期待を担えるか? - さて次の企画は
連載開始前に個人的に考察していた目標値とは以下の通り。

BLUE DRAGON ラルΩグラド」の目標値

  1. Xbox 360の知名度をあげること。
  2. ソフト版BLUE DRAGONのPRとしてヒットすること。
  3. 週刊少年ジャンプに少年読者を引き戻すこと。
  4. DEATH NOTEで得た高年齢者読者を引き続き維持し単行本を売ること。

このようにみた場合、比較的パブとしてみるのであれば、1番目と2番目の目標は達成し得たのではないかと思われる……かなり甘々な評価ですが*1。しかしながら漫画的に見た場合、半年での打ち切りというのは失敗だったと言えるだろう。
「少年読者の引き戻し」「高年齢読者の維持」というのが予測通りにいかなかったのは、ゲームノベライズというコンテンツである以上、ある程度織り込み済みだったかもしれない。けれども「ヒカルの碁」「DEATH NOTE」と二連続でヒットを飛ばした小畑を作画に迎えたにしては「BLUE DRAGON ラルΩグラド」がここまで苦戦するとは予想外だったのではないだろうか?
漫画として面白くなければ、ジャンプのアンケートは容赦なく厳しいというのは……最近、あまりに女性票に動かされつつはあるものの……ジャンプシステムとしては健全なわけで、その点では少年ジャンプはいまだなお健在とも言える。
とにかく評判が悪かったのは以下の点に集約されるのではないだろうか?

BLUE DRAGON ラルΩグラド」失敗の理由

  1. 最初から最強で我が儘な主人公が、「善性の象徴」としての共感を呼びにくかった
  2. 性的に奔放な主人公が少年マンガのスキームから外れていた
  3. バディ物としての相手方、ブルードラゴンのグラドにキャラの魅力がない
  4. 敵の打倒方法が、ファンタジーの方法論とは外れている

もう1点付け加えるのであれば、「小畑が、絵的にアクションを魅力的に描けなかった」というのは確かにあるかもしれない。静止画の方が確かに映える絵柄かもしれないが、魅力ある動きの作画は散見できたし、またこのことが本作の致命的な欠点となったともいえないと思う。
やはり根本的な理由としては、やはり主人公であるラルが、読者対象である少年読者のの共感を呼ばなかった点が大きいだろう。
我が儘な主人公、自己中心的な主人公というのは、コミックにおいて頻出する。しかしながら、それに対する明確なデメリットが存在しないように感じられた本作では、ジャンプ読者の多数を満足させられなかったのかもしれない。
ただ、このあたり本当に難しくて、例えばファン層は異なるけれども「テニスの王子様」の主人公も、乙木の視点からは身勝手きわまりないように読めるし、その主人公がそのままに勝利するということに対して大きな反発もある。
「主人公が我が儘で最初から最強」
という設定は、近年非常に多く見られる様になってきた設定で、他ジャンルとしてライトノベルにも散見される傾向があるけれども、「どこまでOKで、どこがアウトなのか」という線引きは思った以上に難しいようだ。四番目の理由で述べるけれども、「主人公の《小賢しい》勝ち方が気に入らない」(=トリックスター的な勝ち方)というのがあるのかもしれない。
例えば夜神月も我が儘で最初から最強の主人公であったのだけれども、ピカレスクロマンの中のダークヒーローとしての「小賢しさ」はアリなのだけれども、「小賢しい救世主」というのが、ジャンプには受け入れられなかったのか……。
ファンタジーや異生物とのバディ物等でのヒット漫画との類型を考えると以下の作品が挙げられるかもしれない。

  1. ARMS 高槻涼とARMSジャバウォック
  2. うしおととら 蒼月潮ととら
  3. ヒカルの碁 進藤ヒカルと藤原佐為
  4. 鋼の錬金術師 エドワード・エルリックアルフォンス・エルリック

以下、ごく大雑把にバディものの性格を抜き出していくとこんな感じになるだろうか?

◆ARMS
主人公:無垢で人間レベルでは強い(ただし主人公は無自覚だった)。智恵と善性を担当。幼少時から修行していたという設定がある。
バディモンスター:最初から最強。力と悪性を担当。無個性だが印象的セリフと生誕の謎でストーリーを牽引。
背後構造:「不思議な国のアリス」

バディモンスターの背後構造が、なぜ極めて人為的な「不思議の国のアリス」だったのかというあたりにセンス的な秀逸さを感じた。このあたりは感心させられた。

うしおととら
主人公:無垢で成長型。ストーリー上での最大の善性を担当。
バディモンスター:ほぼ最強。力と悪性を担当。成長して人間性を獲得。個性豊か。生誕に謎はあるが、牽引は中盤から。
背後構造:「殷周伝説」「殺石伝説」「遠野物語」

バディモンスターの背後構造がしっかりしていることが、やはり重要なのだろう。この力業はやはり面白かった。

ヒカルの碁
主人公:全くの無知からジャンプバトルの典型的な成長型(才能あるが無知)。
バディモンスター:最強。智恵(力)を担当。個性豊か。なぜ千年生きてきたかという謎は最後に解ける。
背後構造:「本因坊秀策」

人間の関係性を書き分けたあたりと、なぜ藤原佐為が生き続けられたかというのが分かった瞬間、藤原佐為が消え始めるというのは、やはり上手い。こういう関係性をキチンと描けるとキャラが動くと思った。

鋼の錬金術師
主人公:序盤からかなり強い部類。勉強して成長と探求を行う。智恵は双方で担当。
バディモンスター:主人公とほぼ互角。誕生の逆(肉体を取り戻す)がストーリーを牽引。その体が主人公の罪を象徴。
背後構造:「錬金術思想」(賢者の石・等価交換)

アルがモンスターかどうかっていうと異論もあるだろうが、構造的にはアルはバディモンスターなんだよね。それはバディモンスター生成の謎が解けるとアルが消える=生身を取り戻すという意味において。あと「等価交換」というストーリー最大の原則をビジュアル的に示している存在として、これ以上のバディモンスターっていないだろうなという点とか、その現代性とかにすなおに感心。
こんな感じで分類してみると

◆「BLUE DRAGON ラルΩグラド
主人公:智恵を担当し、その領域ではほぼ最強っぽい?
バディモンスター:最強の一隅。力を担当するが、悪性というワケでもない。あまり個性なく生誕の謎もない。
背後構造:「四聖獣伝説」

こうして見てみると、ストーリーを牽引する謎のようなものが、バディモンスターに絡んでいた方が、ストーリーに起伏と前進力をつけやすいのだろう。
もう一つ、主人公ラルの持っている「小賢しさ」という性質が、ファンタジーというスタイルにおいては、ともかく空回りしているというか、共感を得るための「少年の善性」の創出にほとんど失敗していたのが大きいのかもしれない。
こうしたバディものにおいては、「智恵と力」「善性と悪性」を、主人公とバディモンスターが分割して持っていなければならないのだけれども、ラルとグラドにおいては、「智恵と力」という割り振りはなされていたのだけれども、
ラルが善性の象徴と見えない
というのが、やはり決定的に拙かった。「善なる性の象徴」とまでいかなくとも、例えば西遊記における三蔵法師(無力だけど善の象徴)、三国志における劉邦劉備(漢王室の継承者という金看板)
というように、智恵よりも力よりもなにより
「バディモンスターの悪性を治める無為なる善性」
すらがラルに欠け、ジャンプ読者のマジョリティからは認められなかったのだろう。この構造は
善なる少年が乗れば、善なる行為を行うロボット
と言う意味で、ロボットアニメとも極めて近いのだけれども。
この辺りの話は、内田樹のこの本に面白い分析があるのでぜひ。

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     ◆      ◆
二番目の要素「性的に奔放な主人公が少年マンガのスキームから外れていた」について。
ラルの乳好きという描写に関してだが、やはりここにはなんらかの禁忌か掣肘が必要だったのだろう。「BASTARD-暗黒の破壊神」のダーク・シュナイダーにせよ、「CITY HUNTER」の冴羽獠にせよ、「うる星やつら」の諸星あたるにせよ、
ヒロイン格の女性が主人公が放埒に振る舞うことに対して《強い罰》を与えないといけない
というルールが未だなお大きく生きていることに驚かされた。こうした《強い懲罰》がないと、少年マンガの主人公としての倫理性を外れ、ジャンプ読者からは支持されないのかもしれない。
まぁ、ラルの行動に対してミオ先生は怒るけれども、毎夜添い寝をしてくれるというのでは、やはり読者の支持は得にくかったのかもしれない。
「主人公には闇へのトラウマがあるから」という一応の理由付けはあったけれども、「主人公と結ばれることがわかっているヒロイン」という存在であるならば、主人公の放埒な振る舞いに対しては「強い罰を与えねばならない」というのが、ある種の少年漫画的な倫理規範ラインなのだろう。
     ◆       ◆
三番目バディ物としての相手方、ブルードラゴン・グラドにキャラの魅力がない」というのも大きかった。似たような「無個性」「強力な破壊力の象徴以外の個性をあまり持たない」という主人公のバディとしては、ARMSのARMSたちが似た立ち位置にいるが、それぞれ

  1. 使用に関しては大きなデメリットがある
  2. ストーリーの根幹に関わる生誕の謎
  3. 無個性ながらも象徴的なセリフ「“力”が欲しいか!?」

があったのに対して、とにかくブルードラゴン・グラドが魅力に乏しい。そしてこれは小畑が大きく責められるべきだと思うが、
ブルードラゴン・グラドのデザインの格好良さが伝わりにくい。
というのも、バディモンスターのキャラ立てとしては拙かったのかもしれない。
あとはバディモンスターに大きく寄らねばならない魅力ポイントとして
バディモンスターは、ストーリーの世界設定を説明する背後構造の象徴でなければならない
わけだが、ブルードラゴン・グラドって、その背後構造をほとんど持っていないんだよね。とって付けたように「四聖獣」設定を出されても、これって手垢がつきすぎているという一点を取っても魅力がかなりなかったと思う。
     ◆       ◆
最後「敵の打倒方法が、ファンタジーの方法論とは外れている」になるが、ファンタジーという範疇においては、DEATH NOTEの様な知恵比べでの勝敗決着は、爽快感を削いだのだろう。
その象徴ともいえるのが、以下のようなニュアンスで頻出したミオ先生のセリフだ。

「ラル…いつの間に…!」

これが頭脳戦バトルにおいてなら、伏線的なモノを用意しなくても良いだろうが、やはりファンタジー世界においては、なんらかヴィジュアル的に現さないと、年少の読者には面白さとしては通じずに、単なる小狡さとしてしか伝わらなかった気もする。

不利を知りながらも、善性を守って勝つ

という主人公が、やはり救世主的な神話的な世界では合うのかな? まぁファンタジーや神話には「文化英雄」や「トリックスター」みたいな存在もいるけれども、ラルはそういう主体ではないし、構造的にそんな話でもないしなぁ。
その意味で、やっぱり伝説の武器とか、神由来のナントカみたいなものや古文書からの智恵みたいなものの方が、トリックスター的な揚げ足とりや詭弁よりも、この構造ではあったのかもしれない。

BLUE DRAGON ラル・グラド 1 (ジャンプコミックス)

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BLUE DRAGON ラル・グラド 2 (ジャンプコミックス)

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*1:いや確かにアイドルマスターの方が成功しているっぽいし