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メタルギア・ソリッドファンから福井晴敏ファン、ジージャンズやボンクラ系まで必読! 伊藤計劃デビュー作『虐殺器官』は将来を期待させる傑作!

読書

伊藤計劃のデビュー作『虐殺器官』を読んだ。
近未来の米軍を舞台にした今までの日本の小説には無かったといっていいミリタリーアクション小説で、一度読み始めたら読み終わるまで本をおけないほどにムチャクチャ面白い。デビュー作からこの作家を追っかけなければならないということはよくあるけれども、これほど惹かれた作品というのはここ2、3年になかったように思う。
そう…アップトゥデイトで世界の有り様を描いた作品としては、
個人的に3年ぐらい前から、ずっと考えていた「ポスト福井晴敏には誰が座るか?」という命題があった。考えている候補は何人もいたのだけれども、ことここに至っては、そこに座する作家として伊藤計劃が最有力候補として入ってきたというのは間違いない。

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)


ライトノベル・SF業界の来年予想(中間報告Ver.) - さて次の企画はというエントリを書いたが、その?で触れている。ちなみにこのエントリを書いたのは2年前だけど、実際的に当たりはじめるのは07年の秋口ぐらいになりそうだ。まだ遠くを見すぎている感じだ。結局、雑誌創刊・リニューアルは今年後半になってからの動きになりそうである、余談だが。
福井晴敏というベストセラー作家を考えるに、「30代から50代の男性が読む小説」としてここまで完成度の高いものは近年なかったから大ヒットしたと言えると思う。
実は私も福井晴敏と同い年1968年生まれなのだけれども、個人的に68年生まれの作家をゾーニングすると面白い傾向が出てくるなぁと思っている。もう何度となくこのサイトでも繰り返しているが、ここで乙木がする作家というのは、以下の三人である。

1968年生まれの作家

  1. 滝川羊(富士見F) 95年デビュー。少年的教養小説の枠組みを素直に信認している。デビューは最も早いが、デビュー作「神々の砂漠 風の白猿神」以降、沈黙。
  2. 上遠野浩平(電撃) 98年デビュー。ビルドゥングスロマンと社会を信じない。第二次ライトノベルブームの中心的作家であり、ライトノベルにおいて最初に「セカイ系」を敷衍。
  3. 福井晴敏(講談社) 98年デビュー。日本を舞台にミリタリーアクション小説を書くための「社会」モデルをあえて規定。

その後、90年代後半の「セカイ系」、ゼロ年代初頭の「決断主義」といった時代と寝る作家となったのが、上遠野浩平福井晴敏というのは象徴的かもしれない。
セカイ系」の作品はライトノベルジャンルを中心にして溢れたのだけれども、決断主義的に「シャカイ」を描いた30代作家は非常に少ないというよりいない。
ハッキリ言ってこのジャンルにおいては福井晴敏の独断場なのである。
作家が売れていく過程において、作家と同年代と数年若い読者がつくというのは、かならず通る道のようなものだけれども、バディ物を常に物にしてきた福井は、30代読者と同時に50代読者が付くという、非常に良い形での読者層を作り上げることに成功していた。
これが2000年代からの映画を含めた福井の快進撃に非常に大きい力を発揮したことは言うまでもない。
男泣きを誘うしっかりとした人間のストーリーや、小泉へと繋がっていく日本の時事性と非常にマッチしたということもあるが、なにより日本において壮大なアクションを語るための枠組み……「北」と対立する日本と、そこに登場する秘密機関……という大枠の設定をキチンと作り上げてしまうところが、こうした骨太のストーリーを作り上げる基盤となっているのだろう。
これは個人的な体験なのだけれども、
ジージャンズとボンクラ系に福井晴敏の大ファンがいる
傾向もまた多いような気がする。
ジージャンズってのは、みうらじゅんの提唱したカテゴライズで男気に溢れたミリタリー映画や、アクション大作映画ばっかり見てる文化系男子のこと。ジェームズ・キャメロンはジージャンズの帝王。どんなに高価なスーツを着ても、裏地はジージャンでできている」というセリフに名高い。
生態としてはこんな感じ。

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■たいてい誰も一緒に行ってくれないので一人で映画を見に行く
■なぜか殺人術や実戦ケンカの本を読んでいる
■連続殺人鬼について詳しい
■愛のある「バカ」という呼ばれ方は好きだしそう自認しているが、本気で「馬鹿」だと思われるとかなりむっとくる
みうらじゅんのDTネタは共感できるが、本田透のDTネタは大嫌いだ
■そのわりに『電波男』あたりは一通り読んだ
■ロリコンと萌えが理解できそうでできない
■正直童貞でもないが、女性経験が豊富でない自分の立ち位置はどのへんなのかわからなくなることがある
■とはいえ、モテないくらいでくよくよしていた時期がオレにもありました……というわけで彼等の気持ちがわからなくもない
■自分にとっての韓流とはドロップキックでありナイキじゃなくてナイスだ
タランティーノをつい擁護してしまう
■結構読書量は多いほうだ
(かなり略)

映画に関するフランクなエッセイを書いていることなどをみると、スペクタクルアクションにその土台を置く福井晴敏は、乙木の中ではジージャンズとかボンクラ系にカテゴライズされるのだが、実際のところはどうなのだろう?
福井さんのワードローブにジージャンはあるか(あるいはスーツの裏はジーンズか?)というのは20世紀に残された乙木の最大の疑問の一つだったりする。
ま、「ボンクラ系」と言い替えても大差ない。ライトノベルと近そうなんだけど、なかなか読者的に近接できずに苦労してしまう作家を大量に量産してしまうのがこの辺り。その中で一番成功したのが賀東招二であるのは言うまでもない。
どんどん話がずれた。『虐殺器官』の世界を簡単に説明しよう

現代から10年〜20年程度の未来……。
9.11以降、いよいよ激しくなる「対テロ戦争」。そうした世界情勢の中で、空軍(エアフォース)・海軍(ネイビー)・海兵隊(マリーンズ)・情報軍(インフォメーションズ)からなるアメリカ五軍の特殊部隊を統べる特殊作戦コマンド(SOCOM)にあって、テロや虐殺対策として「敵組織の第一階層(レイヤー・ワン)の暗殺」という任務に特化した唯一の部隊。それが〈アメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊〉の活躍と、世界に虐殺をばらまく謎の男ジョン・ポールとの闘い描くSF小説。

とこんな感じで書くと、たいていの場合、先行SF作品として頭に浮かんでくるのは士郎正宗攻殻機動隊だろう。著者の脳裏にも浮かばないはずはないが、脳科学・生体認証・人造筋肉といった科学技術は進んでいるものの、攻殻機動隊に出てくるようなサイバースペース義体等は出てこない。そういった意味で『虐殺器官』は、《ほとんど》サイバーパンクSFではない。
これはクオリティの高い新人の作品としては非常に珍しいことだ。たいていの場合は、ミリタリー関連をアップトゥデイトに調べることが繁雑であまりに範囲が広すぎるということもあって、「士郎正宗に逃げる」とまでは言わないが、サイバーパンクミリタリーに誤魔化す作品が多い中、その手前を描くという困難なことに挑戦し、それに成功しているという1点を取ってみても、『虐殺器官』は希有な作品だ。
高度なステルス特性を備えたために扁平な形状を電子操作で飛ばしている侵入航空機「空飛ぶ海苔(フライングシーウィード)」、パラシュート降下をより効率的にした、人造筋肉を備えた降下するボールペン「侵入鞘(イントルーダーポッド)」、怪我した時に行動不能になるような痛覚を和らげる「痛覚マスキング」……。
この類は明らかに現在の技術ではまだ実用化されていないガジェットであるけれども、それらの中に「民間軍事請負会社(PMF)」「ヴィクトリア湖における『ダーウィンの悪夢』」「幼年兵遭遇交戦可能性(チャイルド・エネミー・エンカウント・ポシビリティ、CEEP)」「時間帯同期剤(リージョンシンク)」などが混じってくる。
すると、ミリタリーにさほど詳しくない乙木的には、「えーっと、ここまでは現実にあることを知っているけど、これは現実の用語かそれとも造語?」という風にイイ感じでシェイクされてきて、小説空間内におけるリアリティを都合良く拡張することに成功している。
一応、ポスト福井晴敏的なコンテンツを考える以上、乙木としても

戦争請負会社

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武装解除  -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)

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ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争

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子ども兵の戦争

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ほかはかなり勉強のつもりで読んでいた。というか端的な例として、この辺りは福井晴敏の日本を部隊にしたコンテンツでは抜け落ちがちな部分なので、ポスト福井を考えるのであるならば、この辺りだなと思っていたわけですよ。そしたら新人作家・伊藤計劃がここまで昇華して書いてくるのだから驚くというか、
ムチャクチャ悔しい。
虐殺器官』は、そうした現代から攻殻機動隊に至る前の社会と近未来戦を書くことをポスト福井晴敏的に描くことに成功しているスゴイ作品だ。

虐殺器官』の世界では、先進資本主義国は、徹底的な生体認証セキュリティの導入によって、あらゆる買い物・移動のデータが追跡可能になってしまうなど自由は失われてしまったが、トレードオフ的に社会からテロを根絶させることに成功していた。
しかしながら発展途上国では内戦や民族虐殺が横行するようになってしまう。世界の安定のために〈アメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊〉は、虐殺指導者の暗殺を手がけるが、その背後には常に謎のアメリカ人、ジョン・ポールの存在があった。
国際間の移動、消費活動をトレースできるはずの圧倒的なセキュリティをかいくぐり、世界に虐殺の種をばらまき続けるジョン・ポール。
〈i分遣隊〉クラヴィス・シャパード大尉は、その抹殺ために世界を駆けめぐるのだが、一体どのようにして、ジョン・ポールは虐殺を引き起こしているのか? そしてその最終目標とは何か?

伊藤計劃は、Webディレクターとしての仕事があるからだろうか。この『虐殺器官』も、アクション的な側面も多く描かれているけれども、むしろ情報戦とそれを一歩進めた形での脳科学といった領域に興味があるようだ。
その点で、〈アメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊〉とジョン・ポールの闘いも、大規模なアクションを期待するとやや肩すかしになるかもしれない。
とはいえ、ファーストミッションにおける潜入の描写や、セキュリティに満ちながらもその抜け道までも描出される不可思議なプラハや、内戦直前にゆれるインドなど、過剰にならないよう押さえられた世界の有り様がとにかく面白い。
また現代の人間らしくリアリティを持って書き込まれたキャラクターが魅力的だ。個人的にはいかにもアメリカ人っぽくて憎めない主人公の相棒・ウィリアムズなんか最高である。なぜかモンティ・パイソン好きで、カフカ嫌いという設定も興味深い。
SF的な設定としての『虐殺器官』は、すぐれて斬新という訳ではないが、それを設定した上でのジョン・ポールの最終目標や、ストーリー的な着地点は実に見事で楽しめる。
そういった意味で、SF的に脳科学分野や言語学を入れた点もSF読者として非常に楽しめるのだけれども、けれどソコ以外にも宝石のように色々と楽しめる個所が多いため、ミリタリーSF好きから福井晴敏、ジージャンズまで幅広く楽しめるミリタリーアクションの傑作である。……ま、その意味でやや乙木の意見は未来への想像延長線上に評価してるんだけど。
できれば次回作ももう少しアクションフルで、日本を舞台にしたエンターテインメント系のミリタリーアクションを読んでみたいなと思わせる期待の新人作家の登場だと思う。