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さて次のグレンラガンは?

文系文化

ネットで話が流れていたように主人公シモンの兄貴分であるカミナの死亡。
ここまでは00年代のドラマツルギーとして、「エヴァンゲリオンを超えようとしたらこうするだろう」という予想を超えていないので、今後の奮起を期待したいところ。

  1. 主人公が二人組で「白い」少年と「黒い」少年。白が生き残る。
  2. 師匠と弟子といったような伝統的な上下関係がある。
  3. 主人公が完全に失恋したり、三角関係に悩むが絶望しない。
  4. 引きこもっていては生き残れないサバイバルな世界。

今、現時点において新しいコンテンツを作ろうと思うのであれば、ここに挙げた四つは色んなところで指摘されているようにクリアしなければならない前提条件だろう。
さてここからどうなるのかというのが、「作家性」であり、「次なるテーマ」みたいな話になるわけだが……。果たして「天元突破グレンラガン」がどこまでそれを突き詰められるかが興味深いところだ。
「サバイバルな世界でこそ、再度、勇気を持って敷衍しなければならない共存共栄思想」
っていうのを出してくるのは分かる……って、時代的な振幅としては当然そう言う流れになってくるわけだけれども、ただそれを素直に出すだけでは完全に予想の範囲内なのでツマラナイ。
もはやそういう「サバイバル世界だからこその共存共栄」ってのは、「LIAR GAME」の3巻末やらなんやらで述べられているからね。
そのテーマを回収するヒロイン役として、半獣人の女の子を主人公に対応させてもう次の回に出してくるのはちょっと早すぎる気がするなぁ。ま、こういうなればこーゆー半メカとか半獣人とか可哀想な超能力少女ってのは定番&様式美だからアリなんだけどね。
それを如何に演出やストーリー展開で「情感で納得いく形にして見せられるか」というのが技量のはずなんだけど、グレンラガンってまだそこが上手くない気がする。
というのも、テーマのベースとなるべき肝心の「ここは辛いサバイバル世界なんだ」ということへの印象が弱いんだよね。いわゆる《姥捨て山エピソード》とかは入ってるけど、すぐ救われて回収されちゃうし。どっちかというと低福祉的な《姥捨て山エピソード》じゃなくて、《他者への無関心が産む、格差的状況》とかにした方が良かった気がするけど。
ともかくも頑張って欲しいところではある。