コラに見る、90年代自意識とキャラクター論のネタ化

「……誰かに見られている」 このコラは面白い。
90年代は本当に「自分語り」の自意識過剰な時代だったわけだが、それは庵野秀明中田英寿の過剰演出となって現れた。それが、現在、お笑いブームの進捗を合わせるようにネタ化されて、こうして消費されるのは楽しい。キャラクターに関して語る大塚英志は、なにより「無頼派」として自身を演出するのに忙しすぎる。
ニートという新キャラでさえ、わずか1年でネタ化・終了してしまう、このスピード。
このコラから見て取れる中田も、スポーツ選手と言うよりはサニーサイドアップ所属キャラとして振る舞いすぎていて、PR戦術のウォッチャーとしては嬉しくてたまらない。
切込隊長は「香ばしい」という単語を当てはめ、はてな界隈では「中二病」として回収される。
サッカーの試合中に「論語」を読む中田の振る舞いは、修学旅行に行ってまで煙草を吸おうとする中学生と代わらない。「あの中田が読んでいる論語です」と世紀末にレジ脇で論語を売っていた新宿紀伊國屋書店では、現在、ホワイトバンドを売っている。
まったくもって「香ばしい」。
その中田英寿の回収として、レイザーラモンHGが出てくる。それも無名の主婦の指摘というのは、もーサイコーだ。
ホワイトバンドは完全に醜聞化したが、その失地回復策として、中田がホワイトバンドと漬けまくって、レイザーラモンのマネをするとゆープロモを思いついた。
寝てないので頭が痛い。ろくな企画が思いつかん。川嶋あいwithホワイトバンドという胡散臭いPR夢を見て寝ようと思う。