首都圏レインボー作戦

ちょっとこの語句が分からなかったので検索。ダイエーの首都圏出店計画のことらしい。
レインボー作戦が、黄昏作戦になったか。なんか古き良きSFジュヴナイルの臭いがするなぁ……。
ネーミングが確かに80年代っぽい。

【小型で多階層店】
ダイエーの最初の失敗は、80年代初期の「首都圏レインボー作戦」と言われた首都圏への参入戦略でした。ダイエーは個人経営の小型の食品スーパーを買収するという方法で東京区部へ参入した。物件価格は高かった。

【無視】
すでに必須になっていた十分な駐車場と、広い売場面積(正確には部門の、利益適正規模)をとる余地はなかった。これが、あとの致命傷になる戦略ミスでした。

【怨恨に近い情念
「レインボー作戦」は、IY堂への対抗だけを目的にした出店だった。レインボー(虹)作戦が、結果として黄昏(たそがれ)作戦になった。店舗戦略のミスは、運営の戦術では回復することはできません。
ダイエーは1兆円を超えた首都圏戦略の直後(84年)に、赤字に陥る。その後の、営業利益重視のV革を推進した中心人物が、現社長の高木邦夫氏と、前副社長として再建に招聘されスキャンダル絡みで辞任した平山敞氏です。

【土地バブル】
しかし85年の米ドル切り下げのプラザ合意以降、86年から首都圏では土地バブルが始まる。日銀が米国への資金還流を促すためと、前川リポートが示した内需拡大の目的で利下げと大幅な金融緩和をした。

【絶頂期を迎える】
過剰流動性になったマネーは、土地と株投機に向かいスパイラルに価格を上げ、ダイエーと西武流通グループの土地含み経営は90年に絶頂を迎える。