中二病史観での<strong>「SF・ライトノベル年代史」</strong>

【注意】馬鹿話発。お笑い視点で楽しむこと。他意はなし。

◆60年代:小二病:日共(民青センス)

ベーシックな思弁性を持ったSFが素直に面白い小松左京筒井康隆とか巨星の時代。日本SFには頂点しかない?
SF(革命)で何かが変えられるという思想もあった……「拝啓イワン・エフレーモフ様」。
「SFは大人の読み物」といった福島正実思想とか、その影響下にある優等生の読むべきジュヴナイルとか。漫画チックなイラストをあてたエンタメ系スペオペは、一段以上低く見られる。
巨大な文学コンプレックがあったとか、まぁ色々。
別次元で吉本隆明的なポジションとしての手塚治虫とかもいる。

◆70年代:中二病全共闘新左翼

先代を一歩進めて、ちょっと捻るひねりのあるハード思弁性作品群。
「ん〜、もぅ神なんか狩っちゃうぜ」(笑)って感じの山田正紀(デビュー作74年)とか。
一方で入門的なSFというつもりで書いたら、「ライトノベル」といわれて団塊世代チックな挫折感に囚われる高千穂遙とか。浸透しちゃったり拡散しちゃったりとかが現実化。なんか湿っぽい。
SFから影響を受けたアニメ制作者が、原点ともいえるSFアニメを出し始めたのもこの時代。
その半面、革命は挫折して、一般読者(市民・市井生活感)と乖離したSF読者(プロ市民・SF活動家)とか産まれたり……。

◆80年代:高二病:ニューウェーブの波及、オタク第1世代

《ニュー》アカブームみたいに《ニュー》を付けてみるが、科学知識のない外から見るとどこが《ニュー》なのか分かりにくい。基本的に一般の人々への啓蒙主義からもっとも乖離した時代。それでもSF誌が5誌もあった?のだからバブルだよな。
SF読みにとっては大量のリソースが投入された幸福な時代だったと思うんだけど、次世代に繋ぐ種モミまで食べちゃった時代。「なおさらその種モミを食いたくなったぜ」北斗の拳)。
セゾン文化・サンリオSF文庫万歳(棒読)。「デルパワーX 爆発みらくる元気!! 」に怒りを覚えるのが14歳の定番行動。
それについて行けないと糸井重里テイストのエンターテインメントや、パロディというポーズでお茶を濁すか、芽吹きはじめたライトノベルに行くしかなくなる。でも機動戦士ガンダム(リアルロボット)はSFじゃない(笑)
ジャンル・ファンタジー・バブルの背後にある、青臭い市民思想は、読者レベルで好いたり嫌ったり(笑)。

◆90年台:大二病:宮台真司、オタク第2世代

SF最大の冬の時代。《あえて》とか言い出す(笑)。《あえて》「ハードSFの復権」野尻抱介、「巨大学園モノの復権」新城カズマ、「SFだじゃれの復権」田中啓文のあたり? 《あえて》ホラー大賞とか日本ファンタジー大賞とか。《あえて》18禁ゲーやライトノベルでSFや教養蘊蓄とか。ミステリだと《あえて》本格とか色々こじれてきて、業界的にも把握が極端に遅れる。
失われた10年間。まぁ仕方がないか。
ゴーマニズム宣言で目を開かされる人多数(笑)。母親や姉妹としか喋ったことがないのにフェミニズムSFに共感を覚えて、「馬鹿」と毛嫌いしている同級生女子の援交に義憤を抱く……が何もせずにパソ通で発散。
↑オイラは年代的にこのぐらいははず。でもこのエントリから見るとおり、高二病っぽい。成長遅いよ。

(ここでエヴァ発生! 一周ぐるっと回る)

◆00年代:年中組病、33歳病東浩紀 オタク第3世代

「セカイ」系(笑)・動物化(つまり幼児化)。
えらくベーシックかつプリミティヴに思弁性のあるSFや、SFの過大な影響下のミステリを書こうとする。ニューアカ……でなくてニューウェーブへの愛憎が深いというのがデフォルト。
70年代から一周回って(笑)神狩り 2 リッパー」が出る(←面白い読むべし) 「googleで調べれば大抵のことがわかる」という記述に興奮を覚える?
……が、便利になったゆえに基本的な背景にある教養と先代がやっていた《あえて》という感覚が崩壊しているので、上部構造を支える柱が、極端に多かったり少なかったり全然なかったり。
ので、頑張ってOの世代とかあたりの若い世代を理解しようと、ライトノベル解説書籍やユリイカ(笑)とか読んでも「なんか用語ギミックだけスゲー」としか伝わらないし考えてない(笑)。
外国人の友達もおらず、国際情勢に詳しくないくせにナショナリズムの風潮に迎合。朝日新聞と反日に義憤を抱くorまったく正反対のリベラルな方向に片仮名サヨク的な義憤を抱く……が何もせずに2CHとはてなで発散。