中島らも、追悼ライブ

結果的に嫁さんから呼び出しがかかって大阪まで足を運ぶこととなる。開始時刻をはるかに過ぎて現地着。中島らもの最後のバンド「Father’s girls Mother’s boys」を聞くことが出来る。藤谷文子もメンバーらしいが、ステージ上にいたかどうかは分からなかった。
会場内には、イカ焼きとハイネケンが売られ、喫煙所では「あの銀行からお金借りるにはどうしたらよいのかなぁ」とシャベくっているおっさんもいれば、ライブ会場の外でひたすら中島らもの本を読んでいる少しインテリっぽい女の子もいる。おまえアメリカ村で何を借ってきたんだという服装の変なカップルもいれば、ひたすら格好良いオーダーメイドの背広を着ているサラリーマンもいる。
町田康と最後のセッションをした写真が会場内には飾られていて、寄せ書きボードには丸文字書体から、明らかにラリっているしか思えないような殴り書きが所狭しとのたくっている。
中島らもは、関西文化圏の器……すごく大きなゲルといっても良いけれど……その中にナイーブさとか知性とか不良性とかがコロイド状に浮かんでいるようなそんな存在だったのかもしれない。

◆追悼写真集より引用
(7月7日の町田康との生前最後のライブで)
らもさんトークの中、騒然とするシーンが2度ばかりあった。
(中略)
その次は、後方立ち見席で暴れ出した客が、大声を張り上げた。らもさんにむけられたものか、取り押さえられた時に叫んだ声かは分からなかったが、らもさんは震える手で、何度も右ポケットをまさぐりながら、メリケンサックを取り出した。
「やるんやったら、やったるぞ!」
場内静まり返る。少し間をおいて
「おれは今、執行猶予中なんじゃ!……おめえらに関われへんのじゃ!」
観客大爆笑
娘の早苗さんも笑っている。らもさんの手の込んだ演出だと皆が思っていた。ところが本当のハプニングだった。
(末尾のカメラマンの言葉内の引用から)
著書、「さかだち日記」の中で初のレコーディング終了後に、「おれはロッカーなんだ。だからもううどんなんか食わないしコンビニも行かないし、かっこの悪いことは一切しないんだ。なにせロッカーなんだからな」と強く心に「ロッカー」四文字を刻み込むのであった。とシルされています。

良い追悼だったと思う。ご冥福をお祈りします。