<span style="font-size:large;">小説「WORLD WAR Z」は、全方位的にエンタメ要素が詰まった必読の傑作!</span>

薦められた「WORLD WAR Z」(文芸春秋社刊)を読みました! もうメチャクチャ面白い。ホラーとかSFとかの枠組みを超えて、オールレンジに面白い。

WORLD WAR Z

WORLD WAR Z


ダン・シモンズの「ハイペリオン」なんかもSFをすべて凝縮したような面白さがあるがそれに近い。オールジャンルエンターテインメントといっても過言ではない。
「WORLD WAR Z」、直訳するなら「Z世界大戦」だが、「Z」とは「ゾンビ」のこと。すなわち「ゾンビ世界大戦」というタイトルだ。
−−と書くと、ゾンビ映画or小説はジャンルとして確定しているだけに、
「えーゾンビホラーか、別に読まなくてもな……」
と思って、この傑作を見逃してしまう人も多いだろう。
それは本当に勿体無い!
だからちょっと序盤の内容に触れながら、如何にこの「WORLD WAR Z」が、ジャンル事態を革新してしまった素晴らしい傑作であるかをちょっと熱く(先週、死ぬほど忙しかったのに)解説してみようと思う。

ジョージ・A・ロメロが1968年に「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 」を公開してから、ゾンビ映画の定形というのはある程度決まっていた。

■ゾンビもののストーリー定形
0)大前提として、終末映画である。直接描かれなくても、人類滅亡が暗示されている。
1)ゾンビに追い立てられた主人公たちは逃げ場の無い場所に閉じ込められて、小さいコミュニティでのサバイバルを行う
2)職業も思想も違う人々は疑心暗鬼と不安に囚われ、最初はなんとかなると思っていたコミュニティは崩壊する。
3)崩壊した隠れ家を主人公は飛び出し、また別の隠れ場所を見出すが、そこにもゾンビが満ちている(終末の暗示)

ゾンビに知恵があるとか、ゾンビが走るとかはまぁ些末なバリエーションに過ぎず、バイオハザードとかショーンオブザデッドとかの振れ幅はあるにしても基本的にこの大きな前提が崩れることは少ない。

前述したのが、ストーリー定形であるとするならば、ゾンビものには多くのキャラクター定形も存在する。

■ゾンビものの登場キャラクター定形
1)軍人の作戦は失敗し、結果的に崩壊を呼び寄せ、軍人キャラは主人公よりも早く死ぬ
2)ゾンビを科学的に利用しようとか、儲けようなどの強欲なキャラは惨めな死に方をする。
3)キャラクターの性格は、基本的に変わることはなく、人格的に成長しない

本作の著者であるマックス・ブルックスは、「WORLD WAR Z」を書く前に「The Zombie Suvival Guide:Complete Protection from the Living Dead」(ゾンビ・サバイバルガイド:生ける死者からの完璧な防御法)という、ゾンビに襲われた時にはこう対処すべしと言うパロディ実用書を書いているそうだ。ようするに古今東西のゾンビものにはかなり精通しているわけだ(ゾンビ発生事例には、紀元前6万年から2002年までのゾンビ事件がまとめられているとか)。

この本がスマッシュヒットをしたことに気を良くして書かれたのが、「WORLD WAR Z」なのだけれども、そういうゾンビに関して博学篤志な著者が考えたのが、こういうゾンビに典型的なコードを全部ひっくり返したゾンビものを書くことだった。

本書の設定はこうだ。

舞台は全世界。人類を滅亡寸前に追い込んだ《WORLD WAR Z》集結から十年
公式報告書を作成すべく国連戦後委員会が調査を開始した。地球上のさまざまな国/地域でさまざまな立場からあの戦争に関わった人々のもとへ調査官が派遣され、聞き取り調査が行われた。無事報告書は完成したものの、最終的にそこから除かれしまった「人々の生の声=人間的な要素」を捨てるにしのびなかった調査官が、独自にインタビューをまとめたのが本書。死者の蘇り現象の発生源といわれる中国奥地にはじまり、ゾンビ・ウィルスの感染爆発と世界各地での大パニックを経て、生ける死者との全面戦争へ。兵士・政治家・主婦・オタク・スパイetc. 文明が崩壊し、街が炎に包まれるなか、彼らはいかにこの未曾有の危機に立ち向かっていったのかが、インタビューで語られていく。
本書は人類史上最大の戦いを描く記録である。
(解説とか帯文句を色々混ぜてみました)

これを読むだけでソンビものの様々な定形がひっくり返されているのにまず気付かされるだろう。

■WORLD WAR Zでのストーリーライン
0)大前提として、人類はゾンビとの大戦争にすでに10年前に勝っている。終末ストーリーではない。
1)舞台は全世界国際宇宙ステーションのある軌道上も含むサバイバル。地球全体を「逃げ場の無い場所」と設定したとも言える。
2)人種も国も収入もライフスタイルも、何もかも違い団結出来なかった人々が、最後の生き残りをかけて強く新しい社会とコミュニティを築き上げる
3)一度はゾンビの手の届かない降雪地帯(凍結するから)等に逃げ出した人類は立ち上がり、ゾンビに満ちた地へ全面戦争を仕掛ける

という感じである。ストーリの定形が帯文句を読んだだけで、正反対であることがわかる。
でも正当なゾンビものとしての王道は決して外しておらず、それどころか
ソンビものに欠けてた要素をてんこ盛り
に入れてきている。

じゃあゾンビものになかった要素ってなにかというと、それは45人以上の危機に際した人々が会話体で語る情感のこもった「濃密な」経験談である。
賢愚/利己と博愛/勇気と臆病/憎しみと愛情……。
そういうのが読むと充ち溢れてくるんだよね。オーラル(口頭)インタビューという形式がそれを可能にしている点が大きい。

収録されているインタビューは、まずインタビューを行った場所と、その時の取材対象の生活が短くリード文で書かれた後は、簡潔な質問に対して取材対象が話し言葉で答えるという形式になっている。
けれどもすぐに気付かされるのだが、現在は「最新鋭の商船の船長」は、かつて「南アフリカで逃げ惑うだけの少年」だったり、現在は「対ゾンビ防壁都市の初代女性市長」が、「生活の小さい心配ばかりしてワイドショーを見ている専業主婦」の場合もあれば、かつては「ゾンビ渦の情報を正確に知っていた大統領首席補佐官」が、現在は「リサイクル発電のための糞集め業者」になっていたりと、「before WAR」と「after WAR」では想像もつかない人生の変転があることがわかる。
ゾンビ大戦の経験によって、個々人の生き方も、世界のパワーバランスも、それよりなにより人類社会そのものも大きく変革されていることが、行間から立ち上ってくるのである。
「■ゾンビもののキャラクター定形」というのを先程書いたけれども、戦争中と復興期の合わせて20年の時の経過を描いていることになるわけで(中心は戦争体験談なので10年間のことだが)、その大きな期間の中で人々も社会も大きく変わってるんだよね。
ゾンビものが、アメリカだと「舞台がショッピングモール」、イギリスのショーンオブザデッドだと「舞台がパブ」に限定されて、時間もわずか数日の間の事件になってしまうわけだけれども、舞台も場所も全地球的に広げつつも、各個人の経験を描くという方式をとることで、多種多様な群像劇や連作短編を観ているかのような効果を生み出していて、そこがとても心憎い。

単語でしか触れられない「575便事件」「台湾海峡時変」「アルファチーム(アメリカがフェーズ1で投入した秘密特殊舞台らしい)とか言うのがあったかと思えば、脚注でしか触れられていないので実態が良く分からない「ウナギと剣(ムクンガ・ラレム)」と呼ばれる世界初の対ゾンビ武術なんかも出てきて、変な想像力を刺激される。
この対ゾンビ武術は、世界各国の首脳が集まる前で演武されて、人々の士気を高揚させたとか……。なんのこっちゃ?
この辺りはファーストガンダム好きだと、「一週間戦争」「ルウム戦役みたいなのを想像してくれれば分かりやすいかもしれない。ともかく深い設定があったんだろうなぁと思わせぶりがたまらない。
インタビューに登場するのは45人強で、そういった意味では、《50本弱の連作短編からなる小説》という風に「WORLD WAR Z」を語ることも出来るだろう。ところがこの短編の中には「これは長編化しても充分耐えられるような凄いネタの宝庫だ」みたいなものがゾロゾロと含まれている。
それを一本一本紹介していったらいくら時間があっても足りないが、この面白さを分かってもらうためには、「WORLD WAR Z」の最初の二章に含まれる短編は簡単にあらすじを紹介したほうがいいだろう。

WORLD WAR Zのあらすじ ネタバレ注意!!
◆第一章 兆候(第一章とか付いてないけど分かりやすくするため章番号つけます)
†中華連邦 大重慶(戦後の場所なのでもはや中華人民共和国は存在しない)
WORLD WAR Zが始まる前のこと。医者のクワン・ジンシューは、ある僻地の村で謎の疫病に遭遇する。コンクリむき出しの床に縛り付けられている7人の患者。クワンは、中国奥地特有の野蛮さに辟易する。だが彼らに疫病を感染させた第1号感染者を見たとき、クワンははじめてこの恐るべき状況を理解する。人民解放軍時代の同期で、現在は重慶大学感染症研究所に務めるグ・ウェンクェイ博士に携帯電話のカメラの画像を使いながら電話するクワン。何かを棒読みするかのように語ったウェンクェイ博士は最後にこう付け加えた。「心配するな、すべてうまくいく」。あの徹底的な悲観論的な宿命論者であるウェンクェイが? クワンはその台詞を聞いたおそるべき戦場の記憶を思い出して気が付く。感染が発生したのはここだけではないのだ……。

チベット人民共和国 ラサ
蛇頭に属して、密入国者の差配をしていたヌリ・テレヴァルディ。アウトブレイクが起こり始め、中国から逃げ出す難民から大枚を巻き上げて、東南アジア・ヨーロッパへと密入国させるヌリ。だが彼は気づいていた。蛇頭が「外国には奇跡的な治療法が存在する」と噂をばらまいていることも。そしてそれが嘘と知りつつ、自分もその噂に乗っていたことも。トランクの内側からどんどん叩く音のトラックを密出国させることでやがて何が起こるのかも……。トラックはキルギスタンへと向かっていった。

†ギリシア、メテオラ
WORLD WAR Zが終結後、スタンリー・マクドナルドは癒しを求めてギリシアの修道院にいた。かつてカナダ軍のプリンセス・パトリシア軽量歩兵第三大隊の一員だったスタンリーは、キルギスタンでドラッグ生産拠点破壊作戦に従事していた。だが彼が遭遇したのはドラッグ密造集団ではなく、蠢く死者たちだった。スタンリーはまだ誰も経験したことのない死者たちとの戦闘へと突入していく……。

†ブラジル、アマゾン密林
フェンナンド・オリヴェイラは戦前、サンパウロの大病院で、非合法な整形や移植を行って大金を稼いでいた医者だった。そのための移植臓器は大抵、中国の闇ブローカーから流されてくる出所不明なものばかりだった。内臓逆位のミュラー氏に心臓移植を行おうとしたフェンナンドは、再び出所不明な心臓をミュラー氏に移植して、手術は成功する。だが1時間もしないうちにフェンナンドは病院に再度、緊急呼び出しを受ける。血まみれの服で半狂乱になっている看護師、ドンドンとドアを叩く音……。

西インド諸島連邦、バルバドス、ブリッジタウン
今は最新鋭の船の船長をしているジェイコブ・ニャティはかつて南アフリカに住んでいた。アパルトヘイトが廃止されたものの貧しく、一人一銃という治安の悪いスラムに住むしかないジェイコブ。南アのラグビーチームが再びニュージーランドのオールブラックスを破った気分のいいある夜、不可思議な銃撃と雪崩を打って逃げる群集が、ジェイコブの危機察知能力を煽る。妹と母を救うべく群衆の流れに逆らって家へ走るジェイコブ。「狂犬病なんかじゃない」「狂犬病であんなになるもんか」。怒号の中、ジェイコブは唸りを上げるゾンビと遭遇する。

†イスラエル、テルアヴィヴ
イスラエルの諜報機関員ユルゲン・ヴァルムブルンは、台湾の友人・顧客と話していたときにクレームを受ける。中華人民共和国の情報源から送信されるEメールが、解読できても意味不明な内容しか出てこないというのだ。その解読に乗り出すユルゲン。「新たなウイルスが発生した」「犠牲者は死亡後に蘇生し、凶暴な殺人戦士になる」という意味不明なテキストに満ちた中国国内のEメール。これは暗号内暗号だと思う半面、何か疑念を払い切れないユルゲン。1973年の中東戦争を経験した彼は、「ありえないこと」が「絶対にありえない」と分かるまで調査をすることを信念としていた。「アフリカの新種の狂犬病」「宇宙からの侵略」etc. 信頼する外国の諜報員ポール・ナイトと協力し、散乱するクズ情報の中から、〈不死者〉たちの情報をまとめ上げた〈ヴァルムブルン=ナイト〉レポートが完成するのだが……。

パレスチナ、ベツレヘム
クウェートシティでそこそこ裕福な生活を送っていた少年サラディン・カディールは、戦前、イスラエルとユダヤ人を心の底から憎んでいた【まぁネット保守】。突如、国連総会で「自発的隔離政策」を発表するイスラエル大使。死体を血に飢えた食人種にかえるアフリカ狂犬病から身を守るためだって? この腐った豚のシオニストが! だが温厚な父は国境が封鎖される前に、かつてパレスチナに住んでいたという居住条件を満たす家族全員で、イスラエルへ避難しようとぬかす。何を言っているんだ?これこそ内ゲバを起こすチャンスじゃないか!あと数ヶ月もすれば「アフリカ狂犬病の難民」じゃなくて、「解放者」として帰れるのは地政学的に間違いない! 父と息子は決定的な対立を迎える……。果たして正しいのは父なのか、息子なのか?

◆第二章 避難
アメリカ合衆国ヴァージニア州、ラングレー
現在のCIA長官室は、田舎の高校の校長室といってもいいぐらいの部屋だった。その部屋の主ボブ・アーチャーは語り始める。CIAという名前を聞いたとき、人々は何を思い浮かべると思う?それは二つの神話だ。アメリカへの脅威の要因を求めて世界中で調査活動をしていると言うのが最初の神話。CIAにはその能力があるというのが第二の神話。だが我々の予算も能力も限界があるんだ。そりゃ「台湾海峡時変」は掴んでいたさ、でもある日、中国共産党員が一方の手に立ち退き通告書、もう片方の手に火炎瓶をもって玄関先に現れたら、たとえ歩く死体が彼らの背後でうろちょろしていても、目に入らないだろう? ナイト本人から長官に渡された〈ヴァルムブルン=ナイト〉レポートは、〈大いなるパニック〉から三年後、FBIサンアントニオ支局の事務員の机の下から発見されたんだ……。

フィンランド、ヴィアラジャルヴィ
凍結したゾンビが、気温の上昇にともない再活動を始める春。毎年恒例になっている駆除作戦のため、ヨーロッパ方面連合軍司令官トラヴィス・ダンブロジアは自ら作戦の指揮にあたっている。温和な将軍は悲哀を感じさせる声で戦前の過ちを認めた。レポートの名前は知っていた、イスラエルの主張がもし正しかったらという懸念もあったと。フェーズ1。調査・隔離・除去を命とした、特殊部隊からなるアルファチームは成功だった。だがあれは弥縫策にすぎなかった。決定的に危機へ対処するフェーズ2の遂行には国を挙げての取り組みが必要だったが、それをするには政府も軍も力不足だったのさ……。(トラヴィス・ダンブロジアは後によく出てくる)

南極大陸、ヴォストーク基地
戦争前、ここは世界の果てと言われていた。だが現在そこに〈ドーム〉と呼ばれる、強化構造型ジオデック温室をたてて、復興のために苦しい努力とは無縁の生活を送っているブレッキンリッジ・”ブレック”・スコット。彼は、「アフリカ狂犬病ワクチン」と称するFDA認可の薬「ファランクス」を売ることで、その巨万の富を作り上げた。

アメリカ合衆国テキサス州、アマリロ
元ホワイトハウス首席補佐官グローヴァー・カールソンは語る。もちろんナイト=ユダ公ブルン・レポートなら、それがイスラエルから公開される三ヶ月前から入手していたさ、われわれを誰だと?CIAだとでも?【すごい皮肉】。チキンと大統領にブリーフィングした上で、パニックを抑えるために確かに効果のない偽薬「ファランクス」にFDAから認可を取り付けさせたさ。だいたいウチも、自分たちの主張する化物こそが「人類への最大の脅威」だと訴えるこの手のレポートは週に何十も受け取ってたさ。「オオカミが来た」「地球温暖化だ」「生きた死体だ」ってアチコチの利権団体が声を上げたってすべてに対処はできないんだ。アルファチームは政治的にも適切な手段だったのだのさ――。

アメリカ合衆国モンタナ州、トロイ
新生アメリカのために作り上げられた対ゾンビ防壁街トロイ。これを築いて売りに出したメアリー・ジョー・ミラーは、この街のデベロッパーにして建築家代表であり、また初代市長だ。だが最初のゾンビ渦が彼女の住む街を襲ったとき、彼女は身の回りのことをこなすのが精一杯で、ローカルニュースを見るぐらいしかしない専業主婦だった。「ファランクス」を一家で飲んでいた彼女の家にゾンビが襲いかかる。子供を守っての彼女の脱出の行方は?

といった具合。まだ最初の二章だけだとわかりにくいかもしれないが、以降、爆発的にストーリーのバリエーションが増えていくのだ。
以降のストーリーは、
◆第三章 大いなるパニック
◆第四章 形勢一変
◆第五章 アメリカ国内戦線
◆第六章 世界をめぐり、そしてさらに上空へ
◆第七章 全面戦争
◆第八章 グッドバイ
と続いていく。

で、右肩上がりにストーリーが面白くなっていく。
普通のゾンビものであるならば、《人類絶滅必至》の状況の中で、その能力の限りを尽くして、コミュニティを維持して人々を鼓舞しながら戦っていく多彩なキャラクターが、軍人から普通の市民から次々と立ち上がってくるんだよね。
SFテレビドラマ「V」とか好きな人には超おすすめ。

その多彩な面白さを簡単に紹介するためにいくつか登場人物をピックアップすると
◆第三章 大いなるパニック
「ゾンビに襲われて一人生き残ってしまった四歳の少女シャロン」の話なんかはもう悲しいし怖い。このストーリーイメージは、「ハイド・アンド・シーク」のダコタ・ファニング
「米国民への恐怖を撃ち払うため、最新兵器を集めたはず軍が為す術なく敗北する《ヨンカーズの闘い》」ものちのち重要。ここに登場する兵士トッド・ワイニオは後で何度となく出てくるゾンビ大戦を戦い抜いた戦士。

◆第四章 形勢一変
次々と国家が破滅していくなか、最初期にゾンビ渦に襲われた南アフリカ。後に人類生存の転換点となる「レデカー・プラン」を案出した「非情」の人種差別主義者ポール・レデカーがね、もうカッコいい。もうその存在感だけでレクター教授みたいなキャラクター。南アを救うためとはいえ、その悪魔的な作戦を支持した意外な人物とは誰か?とかね。
この「レデカー・プラン」は世界各国で形を変えて幾度となく登場してくる。
そして降雪地帯の冬には、ゾンビが凍結して動かなくなるため、人々は北を目指すと同時に決死の防衛ラインを張ろうとするのだが……。

◆第五章 アメリカ国内戦線
北米ではロッキー山脈を利用することで、かろうじて防衛ラインが完成するが、そこに入ってきた避難民たちは次々と倒れていく。そんな中で生き残りをかけてゾンビと戦うためにコミュニティ再生と、戦時国家体制へと変化していくアメリカ国内戦線が描かれる。資源戦略省、通称「困窮省(ディストレス)」の長官アーサー・シンクレア・ジュニアや、神戸大震災直後のように絶望で人々が死んでいく症状――無症候性死亡症候群に戦いを挑む映画監督ロイ・エリオットの話も面白いけど、個人的にこの章のベストはクリスティーナ・エリオポリス大佐という女性パイロットの話。
最新鋭戦闘機パイロットから、輸送機パイロット役にさせられてしまった彼女は、ソンビ密集地帯に墜落してしまう。生還可能性ゼロという状況の中、無線で話しかけてきたメッツという女性の声に導かれて、彼女は決死の脱出を図る……。
いやこの話はホント泣ける。良い話。

◆第六章 世界をめぐり、そしてさらに上空へ
ゾンビに飲み込まれたイギリス、サンゴ礁から世界に向けて真実の情報を流し続けるラジオ局、衛星通信を維持するために生還を諦めて宇宙にとどまり続ける国際宇宙ステーションの宇宙飛行士とか、この章にはハズレなし。
ちなみにこの章で日本も登場する。日本人としてはオタクと盲目の被爆者が登場する。
SFファンとしては絶対に見逃せないのは、
日本人の列島脱出計画を算定した小松博士
という人物。
「過密国家で、人口が一部都市に集中し、警官が軽武装の日本はゾンビ渦には無力。ゆえに直ちに日本脱出せねばならない」
というプランを発表するのが小松博士……。
これってどう考えても小松左京の「日本沈没」のオマージュじゃん!
まぁそれ以外にも「WORLD WAR Z」では、明らかに「復活の日」「日本アパッチ族あたりを彷彿とさせる描写も多いのでSFファンは必読の方向で。
ただこの章のベストは、「混乱する中国を非合法に脱出した戦略型原子力潜水艦」の話。船長の謎の行動の理由とは?みたいなミステリ要素もある上に、原子力潜水艦同士の魚雷戦もある――ちなみにその周囲の海中にはゾンビが溢れて、潜水艦の隔壁をカリカリ引っ掻いている(笑)。そういう微笑ましいシーンは置いておいて、最後には涙を誘う傑作。

◆第七章 全面戦争
かろうじて生存圏の維持に成功した人類。けれども地球の陸上・海中はほぼゾンビに席巻されていた。交渉の余地も、降伏の二文字も持たぬ死の軍団に立ち向かうことを決意するアメリカ大統領に秘策はあるのか? まぁこの辺りは「インディペンデンスデイ」のイメージで。
ゾンビを探知する犬部隊の話とか、宗教国家に逆戻りしてしまった神聖ロシア帝国の話、いまだなお激戦が続く大洋での水中ゾンビとの闘いかが語られる。

◆第八章 グッドバイ
一応の勝利は迎えたものの、その代償は大きかった。戦争に終わりに無気力になってしまった兵隊たち、まだまだはるかな復興への道筋の中で奮闘する行政官たち、絶滅に瀕する鯨に想いを寄せる船長、戦後に生まれた子どもたちなどなど。
今までに登場してきたキャラクタ−がカーテンコールみたいに登場する。ちょっと万感胸に迫るエンディング。

書いているうちに膨大になってしまった……。でも本当にこれは傑作中の傑作なのでぜひ読むべし!
ちなみに壮絶な映画化権獲得競争を、ブラッド・ピットが勝ち抜いて、
現在、ハリウッド映画製作が進行中
とのこと。こちらも大期待です!

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