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傲慢の代償

日常 トリビア

守秘義務協定を結んでいるわけではないので、その企業の実名をここに書いてもまったく問題がないのだが、あえて書かない。このサイトの目的は7つに集約されるが、その1つに早く分かり易い文章を書く練習の場として使っているという目的がある。今回はそ目的からは遠く逸脱する。その意味でかなり異質であるが、別の目的の2つに今回の文章は非常に合致するので、いつもと違って3日をかけて書いてみた。


この文章を書くに当たって、今まで度々言及してきた二つのサイトを見ると寄り分かり易いと思う。それら二つのサイトは私の視点とはかなり異なる。けれどもそれらのサイトが示す道行きが、私の考える道行きと奇妙なまでに類似を示しつつある。

面白い。

それへの対処が二つのサイトのおいて異なるように、私のポジショニングもまた異なる。それを分かる人にだけ分かるように伝えるというのもまた文章のトレーニングになりそうな気がするので、ここに書こうと思う【そうするとこの文章は3つの合目的性を持つ】。


その両サイト運営者に私の書いた文章が伝わるかどうかは非常に未知数ではあるが、双方のサイトが非常に多くの益を私やネットにもたらしてくれたという点で、個別にメールを書くのではなくネットに情報を流すというのも、極めて異質ながら恩返しになるだろう。


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昨年十二月に発売した新製品とそれにまつわる様々な動きは関係各所へと波及しつつある。――とはいえ先週後半の動きは急すぎたが――。5年も右肩下がりの業界で、ピーク時の5割〜6割程度の市場規模しか持たなくなっていたのをどうするか?


それを私はこの5年の間、注意深く見てきた。主として人と会って話を聞くことで、ほんの部分的にネットで。


自社のポジショニングや人材、バジェット、様々な要素が絡み合いながらも関係各社は、それぞれの思う最善の努力を続けている。その際にもっとも邪魔になるのが、かつては自分のポジショニングが業界を支配していたという面子だ。そうした面子に拘れば拘るほど、本来取れるはずの戦略は狭まり、簡単な過ちを犯すようになる。とりわけ回りにイエスマンしか置かなくなったという傲慢さは、長い闘病生活……もしくは治療が遅れれば緩慢な死……をもたらす。


ここ6年ほどの間、その会社は幾つもの子会社を作り、M&Aを重ねてきたに止まらず、子会社・事業部の新設・合併を繰り返してきた。外から見る限りに置いて明らかに失敗と思える施策ながら、過去の業績にあぐらをかいて責任者は叱責されることなく出世していた。


その一方で閑職へ飛ばされた者、その結果として辞めた者、あるいは相当な実力がありながらも期間限定の契約社員という悪条件ゆえに辞めさせられた者も多い。追従が上手い者、新機軸を考える力のない者を出世するシステムを作り上げてきた訳なのだから、そのため他者の真似としか言えないコンテンツ制作能力しかなくなったとしてもしょうがないだろう。


にもかかわらず、なぜかバブルの傲慢さのみを忘れることなく、業界的にはマイナスになるとしか想えない要求を直接・間接で言い出しはじめることと、過去の実績自慢をするようになったのは3年ぐらい前からだろうか?


相応の無視をするわけにも行かず、直接・間接の接触をとったのだが、結局は先方の居丈高の態度は直らず、いくつかの話は実現しなかった。もちろん先方の考えるのとはまったく別次元においてこちらとしてはより良い条件の企画が今なお水面下では進みつつあるのはいうまでもない。時間は常に創造力のある者の味方をする。


先週になってから急に是非会いたい旨を低姿勢で伝えてきた。コンテンツが足りない。何とかして欲しいという。昨年、絶対の自信を持って幾つも打った手はすべて失敗し、予算が余っている。ぜひ頼らせて欲しいと……。


まったく馬鹿げた話であることこの上ない。


同様の状況は数限りなく見てきた。こうした性向は多くのエンターテインメント業界に共通する。過去の業績にあぐらをかき、優秀なコンテンツホルダーを逃がしつつあるのは決して一つの業界だけではない。傲慢は覇者にとって避けられない病であるとは私は思わない。が、おそらく人間の能力には限界があるのに対して、肥大する尊厳に限りなく、人は容易に自分の心に足をすくわれるのだろう。


空いている時間があれば常に企画書を書き、使えそうな人材がいれば分野を問わずひっかき集めて来るという作業をもう13年続けてきた。その結論から言えば日本に人材がいないというのはまったくの迷妄だ。

「世に伯楽あって、しかるが後に千里の馬あり」

だが伯楽が千里馬を上奏してもそれを生かす穆公なかりせば意味がない。非常に幸いなことだが、日本での不況は逆説的に穆公を産み出しつつある。





今回の話が分からない人もいるだろうが、それはご寛恕願いたい。この情報を得て益があると考えた人に対してはもうちょっと詳しい話をしても構わない。どんな場合であっても対話をする術は常にある。